001:まずは、あいさつ

 その男は、崖の先端に彫像のように立っていた。

 静かに目を開けると、初めての動作かのように首を動かし、辺りを見渡した。周囲は深い森に覆われており、先には小高い山も見える。空には、色違いの月が二つ浮いている。今は日没前で、月を照らす太陽はまもなく山々の先へと身を隠そうとしていた。

 男は次に、自身を注意深く見始めた。掲げた手を細かく動かし、その手で顔や身体に触れ、着ている衣服の感触を確かめた。男の外見は20代半ば、服装は薄手の肌着に革製の上下と地味で一般的なものだ。

 ただ、首元にはペンダントらしきものを下げており、男の手も最後はそこに行き付いた。ペンダントに見えたそれは紐を通しただけのジュース瓶の王冠クラウンだった。形も歪み色も褪せているが、それを確かめた男の顔には、安堵の表情が浮かんだ。

「こんにちは」

 男は挨拶をした。

 それは、誰かにではなく、この世界<プレセーヌ>に対してのものだった。

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