第七話 記憶の底 2

 クロは少し逡巡した。親からはあまり人族と関わるなと言われて続けていたからだ。だがこの日のクロはすこぶる調子が良かった。だからかその人族に耳を傾けてしまった。


「どうしてわしが助けないと行けないの?」


 クロは訊いた。

 人族は迷いもなくハッキリと言い出した。


「ドラゴンさんはすごく強いんだって聞いた! でも僕は弱いから戦えない……このままじゃ村のみんなに殺されちゃう! 助けてよ、ドラゴンさん!」


 ──このときわしが了承しなかったら……


 ──間違いなく僕は殺されていたね。今でも感謝しているんだよ? あのとき、クロに出会えて良かったって……まあ、村ごと焼き尽くしたのはやり過ぎだったと思うけど。


 ──んぐ……、それは……すまぬ。わしが調子に乗ったばかりにの……


 クロは少年を背に乗せ村の上空まで飛び──そのまま飛んで逃げれば良かったものの、クロが調子に乗り村をまるごとブレスで焼き払ってしまったのだ。

 クロは高笑い、少年はあ然と燃える村を見た。


 ──謝る必要はないよ、助けてっていったのは僕のほうだからね。それに──


 場面が切り替わった。目の前に映ったのは、いろいろな場所へ旅をしたたくさんの思い出だ。


 ──これは、主の十歳の誕生日のときじゃの! 懐かしいのぉ、遺跡の中で魔物を焼いて食ったんじゃったの。


 ──お! こっちは主が初めて魔法を使ったときのじゃな。ぬ? こっちも主が初めて剣を振って地面に突き刺したやつじゃの!


 クロは数々の思い出を懐かしそうに見つめながら感慨に耽っていた。


 ──本当に、クロと出会ってから一つ一つの出来事が驚きの連続っだったよ。またいつか…………時間みたいだね。


 流れていた思い出は消え、あの暗闇の空間に戻ってしまった。それに先程までハッキリと聞こえていた主の声も今はノイズが酷くなり聞き取るに困難なほどになってしまった。

 クロは声を上げた。


「そんな! 主がいなくなるのは嫌じゃ! わしは、主がいないとっ──」


 クロは言葉の途中で目から滴るものが溢れてきたが、身振り手振りで必死に主のことを叫んだ。が、クロの言葉は最後まで続かず主の言葉が重ねられた。


 ──大丈夫。今のクロには大事な友達がいるでしょ? それに、いつまでも故人に頼ってばかりではダメだよ。


 クロが泣きながら叫んでいるのに対し、主は穏やかに優しい声でそう綴った。そして


「わしは、わしはっ……」


 ──僕はいつまでもクロの心の中にいる。それに……が生きているかも知れないよ…………まあ、なんにせよ。クロは今のドラゴン生、いやスライム生を楽しんでよ。


 その言葉を折りに主の声はもう聞こえなくなった。

 クロは膝から崩れた。

 手を着いたと思っていたがどうやら手はなかったらしい。いつの間にか蒼く美しいスライムの姿に戻っていた。

 顔面を地面に付け蹲った形になった。


「──君ー!」


 小さく、声が聞こえた。

 よく見知った、何度も聞いた声。


「──ねぇ、君ー! どこにいるのー?」


 今度はハッキリと聞こえた。

 一匹は目を開け、顔を上げた。


「やっと見つけた……もう、心配したんだからね」


 スライムはいつもと変わらない、それでいて愛くるしい喜びに満ちた笑顔を見せるのだった。

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