第七話 記憶の底

         ◆ ◆ ◆


 ――そのころ一匹は深い闇の中を彷徨っていた。

 何度も、何度も暗闇の中に引きずり込まれていく。

 必死で藻掻こうとするも力が入らず、延々と繰り返される。

 一匹はその闇の中で覚醒した。


「ここは……」


 暗闇の中を見回した。

 三六十度上下左右、全ては光のない闇だった。

 地に足をついている感覚もない、ましてやこれが夢なのかそれとも現実なのかさえもわからない。

 混迷の中一匹の気持ちもこの闇のようにただただ沈む一方だった。


あるじ……わしは、どうしたらよいのじゃ……?」


 なんとなしに虚空に問いかけるも返ってくるのは虚しい沈黙のみ。

 ──と、その時一筋の光が一匹を差した。暗闇の中どこからともなく伸びた一筋の光は一匹を直視し、まるで一匹に訴えかけているかのようだ。

 一匹は身体に懐かしい違和感を覚えた。首を曲げ身体を見下ろすと、先端まで綺麗に研がれた爪に漆を塗っているかのように魅惑の反射光を生み出す鱗。暗闇の中でも微細な輝きを醸し出す紅い魔石を各間接部に携えたその姿はまさに前世のドラゴンそのものだった。

 一匹は感慨に耽るよりも先に一筋の光に向かって話しかけた。


「わしは……どうやらあの日から立ち直れていないのじゃ。主がいないとわしは……」


 ――クロは覚えているかい? 僕と初めてあったあの日を――


 遠くから、遥か遠くから木霊するように聞こえたその声に反応し一匹は俯きかけていた頭を上げた。

 脳に、あの日の記憶が走馬灯のように流れ込んできた。


         ◆ ◆ ◆


(わしは、あの日──)


 目の前には若かりし頃のクロがいる。背丈は今(スライム)よりかはかなり高く、一戸建ての家と同じくらいあった。

 クロはその日、日課である朝の狩りを森の中で行っていた。

 今日は珍しく父上が少しなら遠出をしても良い、と言ってくれたからだ。クロはいつも狩りをしている地点から二十キロほど離れた場所まで飛び魔物を狩って食べた。


「やっぱり、ダークウルフはいつ食べてもおいしいなぁ!」


 クロは呑気にダークウルフを頬張りながら腹がふくれるのを待った。

 クロのまわりにはダークウルフの死体が山になっている。器用に指で摘まむと口へ放り込んだ。

 そろそろお腹が膨れて来だした頃、目の前の茂みが揺れた。


「――はぁ、はぁ……うわっ?!」


 突如として茂みから出て来たそいつはクロを見るなり驚いて足下にあった石に気付かずつまずいて転けた。

 クロはダークウルフを食べるのを辞め、そいつを凝視した。そいつはゆっくりと立ち上がると一切怖がった素振りを見せずクロに近づいた。


「……お願い、助けてドラゴンさん!」

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