イオンモール

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イオンモール

 一年半一緒に暮らしている彼女が眼鏡を買い替えたいと言うので、僕は市内にあるイオンモールへ向かうため、車を走らせた。

 助手席に座る彼女が、今週あった仕事上の様々な人間関係について語った。僕は、彼女の取引先のカワノさんという人には会ったことがないし、顔も知らない。彼女と同じ部署に在籍しているクニマツさんという人が見積書を誤って計算し取引先に提出してしまったミスについて、新聞の四コマ漫画のようだと漠然と感じた。

「これどう?」

 眼鏡屋の店内で、彼女が丸眼鏡をかける。彼女が彼女自身の顔を僕に向ける。

 僕は眼鏡そのものを見て、それから眼鏡をかけている彼女の顔全体を見た。彼女の顔を久々に見る自分に気がついた。普段の彼女の顔ははっきりと思い出すことができず、また眼鏡をかけている彼女の顔もよくわからなかった。

「ああ、いいんじゃないかな。似合っていると思う」

眼鏡をかけている彼女の顔全体から、彼女の瞳に焦点を絞った。彼女もこちらの瞳をのぞいていた。僕たちは見つめあっている。彼女はきっと、僕自身の好みで、彼女がかける眼鏡を選びたがっているのだと思う。

 彼女が別の眼鏡をかける。

「こっちはどう?」

「こっちも似合っていると思うよ」

ああ、そう。

彼女が大袈裟なため息をつき、そして「なんか、付き合わせて悪かったね」と吐き出した。

「嫌だったらわざわざ休日に車を出したりしないよ」

 これは本心だった。僕は、今更そんなことを言う彼女がわからなかった。このところ彼女は、僕とはあまり話が合わない。

彼女は苛立っているようだった。

「店員さんに聞くからもういいわ」

そう言って彼女は、近くにいた店員に声をかけた。

「これとこれで迷っているのですが、どっちがいいと思いますか?」

二種類の眼鏡を付け替える彼女を見て、店員は少し考えていた。

「私個人の意見では、お客様はこちらのウェリントン型がお似合いですよ」

「じゃあ、これください」

僕に断りなく、彼女は眼鏡の型を決定した。

店員は少し面食らっていた。

「ありがとうございます、在庫を確認致しますので少々お待ち下さい」

そう言って店の奥へと消えていった。

「このあと視力検査とかで色々時間がかかると思うから、どこか別の店でも見てきたらどう?」

彼女がそう提案してきた。

「わかった、終わったら連絡して」

そして僕は眼鏡店を後にした。

 店を出て左右を見渡すと、通路がどこまでも続いていた。この眼鏡店はたしかフロアの中心点に所在していたはずだ。このイオンモールは全国的に見て少々特殊なつくりのようで、一階のピロティが駐車場になっている。津波の浸水被害対策だとネットで話題になった。一階の駐車場から三階にあるこの眼鏡店に向かったときは、たしか五分もかからなかったはずだ。しかしどうだろう、左右に伸び続けた通路を見渡す限り、右を向いても左を向いてもそれぞれ二百メートル以上ありそうで、そして今現在も伸び続けていた。

 僕は眼鏡店を出てすぐ横の壁に、ひとまずもたれかかった。これから一時間どう過ごすかを考えることと、この広大なイオンモールでどうサヴァイヴするかを意識した瞬間どっと疲れが舞い込んだための休息。そのためのもたれかかりだ。

 このイオンモールは確か一階にスターバックスが入っていた気がする。そしてこの階には書店がある。しかし僕はコーヒーを飲むためにこのイオンモールへ来たわけではなかったし、買いたい本も立ち読みしたい雑誌もない。

 そもそも一階のスターバックスに行くために、片道どれくらいかかるのだろう。彼女の眼鏡が出来上がるまでの一時間では、行って帰ってはこられない気がするがどうだろう。土地が伸び続け、水平線の先まで見渡す限りイオンモールだ。もはやひとつの”land”と化したここで、僕は今からどこへ行けばいいのか、全くわからなかった。僕がこのイオンモールの中で、どの店に入ればいいのか、どこへ行けばいいのかわからないことは、君のせいじゃない。

 壁にもたりかかりながらふと横を見た。そこは丁度柱と柱のつなぎ目なのだろうか。壁が一段階奥まっている。柱と柱のあいだにできたくぼみを覗いてみると、隙間に黒い影があった。人のようなものが挟まっていた。僕はぎょっとして、思わず小さく悲鳴を上げた。

「ギャッ」

 くぼみに挟まっていたのは女だった。女はこちらを凝視していた。

「すみません、驚かせてしまいましたか」

女は横向きで身体のすべてをくぼみにしまい込み、顔だけをこちらに向けていた。絞り出すかのような、苦しそうな発声だった。

「大丈夫ですか。大丈夫ですか」

 僕は訊きながらも動揺して“前ずさり”し、壁から離れた。

 僕は言葉を失いながら、女の顔をみつめた。女は額に冷や汗をかいていた。顔色も優れないし、体調が悪いのではないだろうか。近くの店舗の店員に声をかけて、救護室があればそこへ連れて行ってもらった方がいいかもしれない。イオンモールに救護室はあるだろうか。そもそも近くの店舗といっても、いまここは眼鏡店の出入り口の壁だが、肝心の眼鏡店がすでに遠ざかってしまった。眼鏡店の出入り口横にいるはずなのに、眼鏡店の出入り口までが遠すぎる。

 そんなことを考えていると、女は僕に向かって話しかけてきた。

「あの、すみません、隙間から出られなくなってしまって。もしよろしかったら、引っ張っていただけないでしょうか」そう言って左腕をこちら側に伸ばす女。

「ああもちろんもちろん」

 僕は反射的にも快諾してしまい、勢いでの女の左手を掴んだ。ぬるぬるした手だった。手汗とかではない。オイルやローション、そんなようなものを塗りたくっている手だった。むき出しの腕までぬらぬらと光っていた。

「出られなくなって、というのは、挟まって抜け出せなくなって、という意味ではないんですよ、へへ」

女は急にニタニタと笑い出した。

「へへへ」

 僕は意味もなくつられ笑いをした。引きつっていたと思う。

 僕は羽織っていたコットンシャツの裾で女の腕を包み、そして引っ張り上げた。女は隙間から抜け出した。

「ありがとうございました」

「どうしてこんなところに挟まっていたんです?」

 僕は女に訊いた。

「疲れてしまってね」

「疲れた?」

「このイオンモールをずっと彷徨っていました。第一私は人ごみが苦手なんですよ。時に暗くて狭い場所でじっと黙っていたくなることが誰しもあるでしょう」

「ありますね」

「それで見つけたのがこのくぼみだったんです。誰にも気づかれませんでした。気づいたのはあなたが初めてです。最初は気付かなかったでしょ?」

「そうですね」

「明るい場所も苦手だしね。どのテナントも照明が明るすぎる。これは自律神経やられますよ」

「そうですね」

 僕は女が喋るままに返事をしていた。この女はよく見ると僕と同じ年代くらいで、僕より少し年上かもしれない。ぬるぬるしているということを除けば、身なりだってきちんとしているし化粧もしている。

「窓もないでしょ、ここ。閉鎖された空間で一日働いている店員の人は頭おかしくなりますよ」

「ええ。ところで、なんでそんなにぬるぬるしているんです?」

「これね、ドラッグストアでベビーオイル買ったの。これ」

 女は持っていたドット柄のエコバッグから使いかけのベビーオイルを取り出してこちらに見せびらかした。

「これって言われても……」

「空調も効いてるから」

 イオンモールの空調が効いていることと、この女が今ここでベビーオイルまみれなこと、まみれすぎていることに何の繋がりがあるのか理解できなかった。

「出られなくなって、というのは、メンタリティの問題ですか?」

「その通りです。出るに出られなくなってしまった。私が弱すぎるのが悪いの」

「わかりますよ、風邪をひいて学校を二日休んでしまったら、そのあと登校しにくくなることと似ていますね」

 女は声をあげて笑った。くぼみから脱出したぬるぬる女はスカートを払って、こちらに向き直った。

「そう言ってもらって助かるわ。ところであなたはこれからどうサヴァイヴするつもり?」

「それを今考えていたところなんです」

「私はそろそろ家に帰りたいと思っていたところ」

「では、僕も一緒に帰り道を探しましょう。人を待っているので、時間があるんです」

 

 イオンモールの眼鏡店の前は無限に広がる通路だった。もはや、僕の彼女が眼鏡を作り終える前に眼鏡店にたどり着くことは不可能かもしれない。諦めかけたその時だった。

「ペットショップで犬を調達しましょう。犬に乗って移動すれば、こんな敷地、目じゃないわ」

 その手があったか。

「果たしてペットショップまでたどり着けるでしょうか?」

「一番近い店舗の店員に道を教えてもらいましょう」

 そうして僕たちは、近い店舗を目指すべく歩み始めた。どこまで行っても通路だったが、時折、女性ものの洋服店でかかっていそうなハウスミュージックが聞こえた。照明が見え、音楽も近くなり、出口も見えると、また通路が伸びて店舗は遠ざかった。一番近い店舗がどこなのかわからなかった。

「Shit!」

 女は吐き捨てるように呟いた。

「また歩きましょう。大丈夫です。歩いているうちにどこかにたどり着きます」

 僕は自分自身に言い聞かせるようにもそう言った。もう二キロ以上は歩いている気がしていたが、万歩計なんて付けていないので本当のところ、どうなのかわからない。

「いったん、そこのソファに座って休憩しない? 疲れちゃった」

 通路の真ん中に、360度円を描いたソファが設置されていた。円の中心には観葉植物がセットされていた。こんなところで休憩している場合ではないのだけれど、と思いつつ、僕は人の頼みを断れない質だった。

「そうですね。少し休みますか」

 僕たちはソファのそれぞれ180度の方向に座り、お互い黙りこくった。女が唐突につぶやいた。

「この角度を考えると、あなたが月で、私が太陽って感じね」

 女の言っていることがよくわからなかったので無視した。

 僕は斜め右上を何となく見つめ、この後もし一時間後に眼鏡店に戻れなかったら、僕の彼女にどう説明しようか考えていた。もし一週間も二週間も戻れなかったら、彼女は捜索願を出してくれるだろうか。泣いて探してくれるだろうか。そうなったら、もう戻れなくてもいい気がしていた。

「午前中に返品あったからそれでズレたんじゃないかなあ」

突如、男の独り言が耳に入り込んできた。音がする後ろ方向を振り返ると、男がスマートフォンを片手にこちらに歩いてきた。

「いや、いい、いい。帰ってから確認するから。多分さっきのやつだと思う。一応現時点でのジャーナルログは出しておいてほしい。うん。うん、いやそう。それ」

 男は身振り手振りで何かを説明しているようだった。相手には見えていないのに。男は話を続けながらソファに座った。僕は首を後ろに捻りながらそれを見ていた。

「はい、じゃあもう休憩入るから。あとで戻りまーす。はい、はい、はーい」

 男は電話を切った。ぬるぬる女が突然、電話を切ったばかりの男に声をかけた。

「あの」

「はい?」

「もしかしてこちらのイオンモールで働かれている方ですか?店員さんですか?」

 男は「しまった」というような驚いた顔をした。

「はい、そうですが……」

 女は顔をぱっと明るくさせて喜んだ。

「やっぱりそうですよね! 多分レジが合わないとかそういう話をしていたんじゃないですか? 電話の相手、新人さん?」

「ええ……、まあそういったところです」

「あの、ペットショップに行きたいんです私たち」

「はい、僕も」

 僕は、この女と連れであることをアピールした。僕たちは180度の方向に座っており距離もあるので、一見すると同じ目的を持った仲間同士であると気づかれにくいと思ったからだ。

「ペットショップですか……」

 男はため息をつくようにそう吐き出した。まさに吐き出すという表現が正しいような発声の仕方だった。

「忙しいです?」

 僕は男の店員に訊いた。

「いえ、大丈夫ですよ」

「休憩中でしたよね?」

 先ほど電話で聞いたことを確認するように問うた。休憩時間を邪魔してしまうかもしれない。

「いや、いや、大丈夫です。休憩時間は申請し直せるので、気を遣わないでください」

 この店員がいい人でよかったなと心から思った。僕たちは彼に礼を言い、そして立ち上がった。

「僕の店にいったん行きましょう。そっから上に貫通しちゃった方がペットショップ早いんで」

「貫通?」

「まあエレベーターみたいなもんです」

 僕たちは店員の後に続いた。さすがに店員ともなるとイオンモールのことを熟知しているらしく、通路も比較的短く感じられた。

「お兄さんは何の店の人ですか?」

 ぬるぬる女が訊いた。女は人ごみが苦手と言っていた割に、人見知りはしないらしい。一方、僕は人見知りだったので(特にその店員のようないかにも今風のおしゃれをした同性が怖い)黙っていた。

「僕は洋服屋さんですねー。一応店長です」

「へー、すごい人なんですね」

 ぬるぬる女と店長は楽しそうにしていた。僕はこういった場面でどういう顔をすればいいのか、どう話に入ればいいのかわからなかった。そうこう考えあぐねているうちに店長の店に着いたらしい。よくわからないが服屋なのにスケートボードが飾ってあった。

「とりあえずストック入っちゃってください」

 僕たちはレジの裏を通された。レジというものを裏側から見たのはそれが初めてだった。僕は生まれてから二十年以上ほぼ毎日見てきたレジを、客として“あちら側”からしか見たことがなかった自分の無知さが恥ずかしくなり、そして毎日管理者としてレジを扱っているこの店長がなんらかの達人のように思えた。そして買い物に行くたび不思議に魅了された“レジの裏にあるあの謎の扉”に通され、潜入できることに対し高揚感を覚えた。

「ストックっていうんですね、ここ」

「普通はお客様通せないんですが、今回は特別っすね」

 店長は若くてチャラチャラした見た目のわりに、かなり良い奴だった。お客さん、ではなくお客様、と言うところにも好感が持てた。きっと真面目に仕事をこなしてきたからこそ店長にもなれたのだろう。立派な男だった。

 ストックに入ると、そこは壁一面服だった。見上げるが、上がだんだん暗くなり天井は見えなかった。どこまでもうず高く積もった服、服、服。

「これ何メートルあるんですか?」

 女が店長に訊いた。

「さあ、ちょっと測ったことないのでわからないですが、上まで行くには相当かかりますよ」

「ああーだから貫通か」

 僕も「ああー」と声を出した。なるほど、服を取りに行くために貫通しているのか、と。

「じゃあここに入ってください、ペットショップ行けるんで」

 ラックのハンガーをずらし、服と服の間に隙間を作った店長は僕たちをそこに通した。

「ありがとうございます」

 僕たちはその隙間をくぐり、真っ暗闇の狭い空間をしゃがみながら歩いた。暗闇を進んでいくと突き当りから光が漏れだしてきた。

「あ」

 暗闇を抜けると、そこはペットショップの入り口前通路だった。

「早く抜けちゃってください! この通路すぐ閉じちゃうから!」

暗闇の彼方から店長の叫ぶ声が聞こえた。

「はい! ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 つられて僕も女も大声になり、後ろの暗闇を振り返って叫んだ。

通路側のショーウィンドウには子猫、子犬が蠢いて並んでいた。

「うわあ、かわいい……」

 僕は思わず声を上げた。

「本当! かーわいい」

 ぬるぬる女は破顔させて声を上げた。そして急に真顔になった。「さっそく犬を調達しましょう」

「はい」

 僕は本来の目的を思い出した。

「あれ、でも」

「どうしたの」

「帰り道を探したかったんですよね? そしたら店長に帰り道まで案内してもらった方がよかったんじゃないですか?」

「Damn, it!!」

 女は叫んだ。

「店長にもう一度言いましょう!」

 我々は振り返ってみるも、すでに来た道はふさがれていた。ふさがれていたというよりも、ただの通路になっていた。僕たちが来たストックの貫通通路は、跡形もなく消え去っていた。

「ああー店長いなくなっちゃった」

「そんな……」

 女はぬるぬるの腕をさすった。

 ショーウィンドウの犬がこちらに語り掛けてきた。

「諸君」

「犬が喋った」

「喋りもするだろうよ。これだけ毎日暇を持て余しているのだからね」

 犬はグレーの髭をたくわえた、小型のシュナウザーだった。

「諸君はよもや帰り道を探しているのでは」

 小型のシュナウザーはガラス越しに、可愛らしい眼でこちらを見つめながら問いかけてきた。

「なぜわかったんです」

「そりゃわかるさ。何せこの私と喋ることができているのだからな」

 どういう意味ですが、と問おうとしたところで女が遮った。

「あなたは帰り道をご存じなの?」

「知っているとも。私は生まれてからずっとこのモールに暮らしているんだ。モールの達人といってもいいだろう」

「では教えてくれませんか?」

 僕はさっき何を疑問に思ったのかも忘れた。

「いいとも。私もここから抜け出したい。手伝ってくれ」

僕たちはペットショップの店員の目を盗み、犬をショーウィンドウから解放した。

「ああ、これが外か」

「外に出るのは初めてですか?」

「いや、生まれたのは外だった。生まれきて以来、ということになるな。さあ諸君、行くぞ」

 シュナウザーはぴょんぴょん駆け出した。

「なんだか頼りになりそう」

 女は嬉しそうに言った。

 シュナウザーの後に続いて走ると、イオンモールは万華鏡だった。女性用アクセサリーの店はキラキラと輝き、全体が黄みがかっていた。黄みがかった光が徐々に丸くなり、それ自体がひとつの巨大なパールと化した。エスカレーターは高速で人々を運んでいた。無印良品は見渡す限り化粧水を並べていた。化粧水は壁になって僕たちの目線の横に立ちはだかった。スーパースポーツゼビオの入り口に立っているグリズリーは玉乗りをし、子供の頭にかじりついて図体を左右に揺らした。駆け抜けながらそれらの景色が流れた。

「諸君! こっちだ! ついてきているか!」

 小型のシュナウザーはこちらを振り返りながら呼びかけた。

「急げ! 追手がくるぞ!」

 後ろを振り返ると、ペットショップのエプロンをかけた店員の大群がこちらに向かってきていた。いつの間にペットショップの店員に見つかっていたのだろう。僕はわけもなく叫んだ。追われている恐怖を振り払うためか、その恐怖をわが身の出来事と実感するためか、とにかく叫んだ。びゅうびゅう吹く風のような音が聞こえたが、それが走ったがために鳴る風切り音なのか、だれかの叫び声なのかはわからなかった。

「ついてきてる⁉」

 女が叫んだ。

「はい! なんとか」

「諸君、ここを降りたら一般出入り口だ! この建物から出たら各自、遁走!」

「はい!」

 僕たち人間は小型シュナウザー大佐の言うことに大きく返事をした。下へ向かうエスカレーターを駆け下りようとするが、後ろを振り向くと間に合わなさそうだったので一番上の段からジャンプをした。そのまま着地に失敗し、あと四段ほどを残すところで足をくじいて転げ落ちた。僕はとっさの判断でそのままローリング回避の要領で横に転がり続け、そのまま自動ドアのガラスに体当たりした。そしておもむろに自動ドアが開いた。僕はよろめきながら立ち上がり、建物から出た。

 満身創痍で車を探した。僕が車を停めた場所は東側だった。今いる場所を確かめるために周囲を見渡すと、ここは建物の中心部だったようだ。イオンモールは膨張を止め、通常の規模になっていた。よろよろと東に向かって走った。キーをポケットから出しボタンを押すと聞きなれたアンサーバック音がコンクリートに鳴り響いた。僕は音の鳴る方へ向かい、日産ノートに乗り込んだ。追手は大群でそこまで迫ってきていた。僕は急いでドアを開け、乗り込み、閉め、エンジンをかけた。エンジンがかかるまでの約三秒がやけに長く感じられ、ホラー映画でこういうのみたことあるな、と僕の冷静な部分がそんなことを脳内でつぶやいた。

 ギアをDに入れ、そのまま急発進して駐車場出口まで走った。イオンモールは海に面して建設されており、僕は海とは反対側に面した市街地側道路に出た。そのまま北に向かって走り続けた。追手はもう振り切っていた。

 数キロ走ったところで、女とシュナウザーは追手に掴まることなく無事に逃げることができただろうか、と考えた。女は帰路を探し、シュナウザーはイオンモールから脱出することを目的としていた。今となってはそれぞれの行方はわからなかった。

 彼女の眼鏡はできたのだろうか。ふと思い出して一瞬アクセルからブレーキに踏み変えそうになったが、青信号だったのでそのまま直進した。腕に巻かれたスウォッチを見ると、彼女と眼鏡店の前で別れてからちょうど一時間が経っていた。眼鏡はとっくに出来上がっているだろう。彼女は眼鏡店の前で僕を待っているだろうか。どうでもよかった。僕はこのままイオンモールへは戻らない。彼女と住む家にこのまま帰り、そのまま荷物をまとめようと思う。僕はそのままアクセルを踏み、北へ直進した。 

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イオンモール @McDsUSSR1st

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