第11話 食卓の風景

 我が家の朝は遅い……家業の故だからか、元から家族全員がグータラだからなのかは不明だが、はっきりと云えることは程に遅く、非常識な時間帯に家族全員が起き出してくる。


 そんな時間から活動を開始する家族ではあるのだが、最初に起きて家族全員の朝食を用意するのは母の役目である。


 今朝も母が作る朝食の 馥郁ふくいくたる香りに釣られて、私は目覚まし用に毎日の儀式ルーティンを行い……母が家族全員に声をかける時を凝と待つ。


 儀式ルーティンと云っても、狭くて硬い寝床で強張った躰を解すための柔軟体操ストレッチに過ぎない。


 寝巻きを着たまま重力に逆らうように、上空から見えない糸に引っ張られるが如くに脊椎を伸ばす。

 そのまま両腕を天に突き出し、天空を支えるような姿勢となり……その腕を前後左右へゆっくりと倒して行く。

 バキバキと全身の関節や、軟骨内に溜まった気泡が弾ける音を発して寝惚けた頭を徐々に覚醒させて行くのだ。


「みんな〜朝ごはんの支度が出来たわよ〜」


 優しい母の声に、柔軟体操ストレッチでやや上気し汗ばんだ顔を寝巻きの上衣で拭い去ると……自室から出て食堂ダイニングへと向かう。


 母が優しく声を掛けるのは毎朝で、最初の声で起き出さなかった者には……猛烈な強制的な起床が母の手によって執行されるのだ。


 朝が遅いとは云え、母の多忙なる朝の時間を無駄にしようと企む者には制裁が喰らわされるのは至極当然の話なのである。


 食卓に辿り着いて見渡すと、既に母の姿はなく……新聞を広げて読んでいる父と、寝惚け眼で酷い寝癖頭の妹だけが着席していた。


 少し離れた場所から『ドゴン』とも『ズドン』とも云えるような、地響きを伴う衝撃音と……地獄の底で蠢く亡者の上げそうな呻き声が聞こえて来た。


 成る程……本日の犠牲者は兄だったか、フゥと一息吐いた視線の先には、額から汗を一筋垂らす父と……ビクリと身を震わす妹の姿が視認された。

 彼らが兄の身を案じているのか、それとも今朝の犠牲者が自分自身でなかったことを神に感謝しているのかは定かではないが。


 パタパタと軽い足取りで食堂ダイニングへ戻った笑顔の母の後方から、茫然と……そして悄然とした様子の兄が入室して来た。

 彼の衣服がズタボロになり、片足を引き摺るように歩いていることについて触れる者は我が家には誰一人としていなかった。


 母がストンと着席し、兄はヨロヨロとふらつきながら着席する。


 そして、母のよく通る声が、食堂ダイニングに響き渡る。


「みんな、おはよう」


「「「おはよう」」」


 三人が同時に同期シンクロした声を、母の言葉の直後に間髪入れずに返す。


「今日の朝食は、お父さんが狩って来てくれた、ポーランド系アメリカ人の処女の血よ。

 ちゃあんとお父さんにお礼を言って、残さずに飲み干すのよ」


 家族全員が父に向き直り、三人で声を揃えて父にお礼を述べる。


「「「お父さん、今日も美味しい食餌をありがとうございます」」」


 そして我々の朝食は始まった、食卓の上で全裸で縛り付けられている若い女の瞳に浮かぶ……恐怖と懇願と哀願の視線を調味料として、吸血鬼一家四人による血の饗宴は……ほんの数十秒で完了した。


 後に残された、血液を完全に吸い尽くされた若い女の肢体は……カラカラに干からびた木乃伊ミイラのような死体となり、母はを指で摘んでゴミ箱に突っ込んだ。


「さあ、みんな!

 今日もこれから仕事に出て、新鮮な若い女を狩ってくるのよ!

 食糧庫の在庫も尽きそうなんだから、よろしく頼んだわよ!

 今日の狩りでだった子には、お母さんからのお説教タイムがあるからねっ!!」


 母の声に顔面蒼白(吸血鬼だから元から青白い顔色ではあるのだが……)となった我々は、拠点である古城より出立し、各々が狩場へと飛び立って行った。


 時刻は午後十一時過ぎ……もう少しで我々の活動時間ゴールデンタイムが始まる……………。



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 吸血鬼vampireとは、民話や伝承そして伝説などに登場する存在で、生命の源泉とも云うべき血液を生者から吸い上げ栄養源とする、蘇った死人もしくは不死の怪物であると伝えられている。

 ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』やシェリダン・レ・ファニュの『カーミラ』を筆頭に、多くの恐怖・怪奇小説作品群に登場してきた吸血鬼ども。

 それは生と死を超越した者であり、生と死の狭間に存在する者とも形容され、不死者アンデッドの王者とさえ呼ばれる。


 一般に吸血鬼とは一度死んだ人間が、様々な原因により不死者として蘇ったものと考えられる。

 現代の吸血鬼のイメージとは、東欧にルーツがある伝承のイメージが強く描かれているようである。

 吸血鬼の伝承は古くから世界各地で語り継がれ、例えば古代ギリシアのラーミアにエンプーサ、古代バビロニアのリリトゥ、ヨーロッパ系ではドルドやブルクサ(ブルーカ)それにヴァンパイアに加えデアルグ・デュ等、アラビアのグールおよび中国のキョンシーまでもが吸血鬼の範疇カテゴリーに含まれると云えよう。

 そして多くの吸血鬼は人間の生き血を啜り、血を吸われた人間もまた吸血鬼に変異するとされている。


 蛇足ではあるが、筆者が愛する吸血鬼譚を幾つか紹介しよう。

 キム・ニューマン著『ドラキュラ起源』および『ドラキュラ戦記』と『ドラキュラ崩御』の三部作。

 そして上記作者の別名義ジャック・ヨービルの著作である『ドラッケンフェルズ』より続く吸血鬼ジュヌヴィエーブのシリーズである。


※ジャック・ヨービル名義の作品は、テーブルトークRPG『ウォーハンマーRPG』のノベライズ作品のシリーズであり、単純な吸血鬼譚を食わず嫌いな諸兄にも入りやすい作品ではないかと思われる。


2021.6.2

   澤田啓 拝


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