第25話 リーダー須賀彗夏のプレッシャー(中編)

 「環、起きろ! 稽古はまだ終わっていないぞ!」


 「はい、お父さん」


 僕の幼馴染で彼女の環ちゃんは小さい頃からお父さんに武道を習っていた、そのおかげで腕っぷしは強く小学校の時はガキ大将を、中学の時は泥棒を、高校の時は痴漢を撃退するほどの腕の持ち主で多くの武術系の部活にスカウトが来ていたくらいだ、すべて断っていたけど。


 そんな彼女が小さい時、道場を経営しているお父さんに毎日のようにしごかれているのを見て我慢ならなかった、ある日いつものようにお父さんがきつい言葉をかけてそれに応えるように環ちゃんが立ち上がろうとしたが倒れこんだので慌てて駆け寄り声をかけた。


 「休憩した方が良いよ、お父さんには僕が言うから休んでいてよ」


 「何を言うの還流君、やれる、やれるよ!」


 そう言って環ちゃんは笑顔を見せてお父さんに応えていた、だが翌日高熱を出し一週間も寝込んでしまうことになる、あの時止めていたらこんなことにはならなかったのではないかと思うとすごく後悔した、今の彗夏があの時の環ちゃんに重なるんだ。


 

 お父さんは怖い、正直反抗したくない、環ちゃんは大丈夫だと笑っている、僕は何も出来ないでいた、嫌、しなかったんだ、何も行動をしなければ嫌な思いをすることはない、お父さんに怒られることはない、環ちゃんにも嫌われることはない、お父さんは指導したい、環ちゃんは指導を受けたい、それでいいじゃないか、僕は何がしたい?



 シローさんは厳しい、普段は優しいが今は怖い、彗夏は大丈夫だと言っている、俺が何もしなければシローさんに怒られることはない、彗夏にも嫌われることはない、シローさんは指導したい、彗夏は指導を受けたい、それでいいじゃないか、俺は何がしたい?




 ふと社長声が聞こえた。


 「#私は__・・__#何も言うことは出来ないよ」




 俺は彗夏を休ませたい!




 「今日の稽古はこれで終わりにします、明日またよろしくお願いします。」


 彗夏の腕を掴むとシローさんに向かってそう言った、


 「はぁ? 何を言ってるんだ還流、まだ昼過ぎだぞ、教えることは沢山ある、お前は黙って見ていろ」


 「いえ、黙っていられません、これ以上は彗夏が本当に倒れてしまいます」


 「彗夏、そうなのか?」


 「・・いえ、大丈夫です・・・・やれます」



 か細い返事の彗夏にお前は何も言わなくていいと俺は言う。


 「彗夏は出来ると言っているぞ、還流、邪魔をするなら出ていけ!」



 シローさんを睨み付け、



 「彗夏は俺が見つけた大切なタレントです! こんなところでつぶさせるわけにはいかない、厳しいレッスンも大切なのはわかります、ですが倒れるまでやらせるなんて俺は許可できない! 今日は休ませます!」



 ほら行くぞ、彗夏の腕を掴みダンスレッスン場を出る。


 「待て、まだ話は終わっていないぞ、勝手に連れていくな!」


 すると二夜がシローさんの前に立ちふさがり俺に近づこうとするのを遮る。



 「そういったパパの熱くなるの悪いところだよ、ママもそれで家出て行ったんでしょ、少しは反省してよ」


 

 そのまま仁王立ちするシローさんに今日は私をビシバシしごいて下さい、と伊莉愛が言う。



 俺は心の声で二人に『すまん助かる』と言って彗夏を連れて外に出る、場所を変えようと車に乗っていつもの公園に向かう、助手席に座っている彗夏はうつむいたままで何も言わない、お互い無言のまま公園に到着した。



 彗夏をベンチに座らせる、自販機でジュースを買って渡すがうつむいたままで受け取らない、下を向いたまま、


 「何で練習を止めたんですか」


 と聞いてくる。


 「お前倒れていただろ、限界だと感じたから止めたんだ」


 すると顔を上げ睨みつけて


 「限界何て来ていません、まだ出来た、邪魔しないで下さいよ!」



 「そうか、まだ出来たか、だったら邪魔したな、でもな、お前のために止めたんじゃない、俺が俺のためにやったことだ」



 「俺のためって何ですか?シローさんは後一週間しかいないんですよ、限られた時間を無駄にしたくはないんです!」



 「このままだとお前が本当に倒れかねないと思ったからだ、俺にとって彗夏、お前は大切だ、だから俺の判断で止めた、悪いか!」



 そう言うと彗夏の眼から大きな粒の涙がぼろぼろと流れ落ちてきた、俺は慌ててどうしたんだと聞く。



 「本当はもう足がガクガク震えて動けませんでした、でも伊莉愛はどんどん上達するし臣や心の足を引っ張りたくない、社長にリーダーだと言われて私が頑張らなくちゃと思って・・、でも上手くいかなくて何度も何度も注意されて・・・・」



 その後は声を出して泣き崩れた、リーダーと言う事がプレッシャーにもなっていたのだろう、いつも明るく皆を引っ張る大きな存在の彗夏が今はか弱い小さな女の子に見えて、気付いたら俺は彗夏を抱きしめていた、頭を撫でてお前が頑張っているのは良くわかっているよ、そう彗夏の眼をしっかり見て言ってあげた。

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