第9話 臣ちゃんと環ちゃん(後編)

 戸建住宅に住んでいる臣の家はいつもの商店街から徒歩10分程度の場所で直ぐわかった。

 土曜夕方なので親御さんは要るだろうとインターフォンを鳴らすとオールバックの黒縁眼鏡で鋭い目つきをした30代前半の男性が出てくる、俺が名刺を渡して自己紹介をすると。



 「君か、娘にわけのわからんことをさせているのは」


 と睨み付けて言ってきた。


 「奥様いらっしゃいますか?」

 すると奥から雨木川さんごめんなさい、と臣のお母さんが出てくる。



 「丁重にお帰り頂きなさい」

 と言って臣の父親は奥の部屋に行く。



 玄関外でお母さんと立ち話をしながらどういうことかを聞かせてもらった。



 私は社会勉強にもなるし何より本人が楽しそうなので好きにさせてあげたい、との事だが、お父さんは臣が芸能関係の仕事をするのを反対しているようだ。


 一週間前に長期の出張から帰って来たお父さんに承諾書を書いてもらおうとしたら破かれて、お母さんの携帯に入ってる俺の連絡先も着信拒否設定されてしまったという事だ。


 この一週間お父さんが臣を監視も兼ねて学校への送り迎えしていたので事務所に来ることが出来ず、今は2階の部屋に外から鍵をかけて閉じ込めているようだ。


 「お父さんと二人だけでお話しさせて頂けますか?」


 お母さんが何とかお父さんに会ってくれるよう話をつけてくれて、俺は王城家に足を踏み入れた。


 「私からはもう二度と、娘とかかわらないでくれ、それだけだ」


 腕組みして、かたくなに理解しようとしない感じが受け取れる。

 「これを見てもらっていいですか?」


 俺はタブレットを取り出し臣が老人ホームや幼稚園でのボランティアの様子が映っている動画を見せる。


 お父さんは黙ってみてくれたがこれがどうしたという感じだ。


 「娘さんの顔を見てわかりませんか? 自分だけでなく周りで見ている方々まで笑いに包んでいる、こんなことはそうできる人はいない、娘さんは人を笑顔にする才能がある! 俺には人を喜ばせる様な力はありません、でも臣ちゃんにはそれがあります、是非娘さんを僕らの事務所に預けてさせて頂けませんか?」



 お父さんは難しい顔をして駄目だと首を横に振った。


 「なぜそんなに反対されるのですか?」


 「娘はまだ小学1年生だぞ、今は勉強だけをしていればいいんだ」


 「お父さんのいう勉強とはただ学校で教わることだけですか? 学校以外でも大きなものが学べるとは思いませんか?」


 「お父さんなんて気安く呼ぶな! 今は学校だけで充分だと言っているんだ」


 「でしたらいつからだと良いのですか? 中学生になったらですか? 高校生になったらですか? 大学生? 二十歳過ぎたらいいんすか?」



 「二十歳過ぎたら好きにすればいい」


 「じゃあもし二十歳まで生きることが出来なかったらどうするんですか」


 「何を縁起でもないこと言っているんだ君は」



 「俺の大切な人は18歳で命を失ったんですよ、その子は頭も運動神経も良くこれかも沢山やりたいことがあったんだ、なのにある日突然亡くなった、生きたかった、生きたかったんだよ!」


 さらに声を荒げて訴える。



 「俺なんて今までやりたいこともなくただ生きてるだけの人生だよ、でもやりたいことがある人はそれをやるべきなんだ! だってやれずに死ぬ人もいるんだから! 年なんて関係ないでしょう! やりたいことをやれずに死んだらどうするんですか!!」



 俺は目に一杯涙をためながら、


 「だからやらせてあげて下さいよ、臣の才能を認めてあげてください、お願いします!」


 深々と頭を下げた、泣き顔を見せたくないことも理由の一つでもあったが。


 暫く黙っていたお父さんは、小さな声で”考えておく”とだけ言葉を残し部屋を出た。



 五分ほどして俺も席を立ち部屋を出るとお母さんと臣がドアの前に立っていた、臣がシシシッと笑いながらVサインをする、お母さんもありがとうと言ってくれた、もし旦那さんの考えが変わるようでしたらお願いしますと承諾書を渡した。


 玄関でしゃがみ込んで靴を履はいていると臣が俺の右頬に唇をくっつけた。


 「おっおい」


 「今日のお礼だよ」


 と満面の笑みで答えてきた、このマセガキと言ってやろうと思ったが止めておいた。


 帰り道、もっと上手く説得できたのになと、あんな感情的になってしまい恥ずかしさで赤面した・・・・。



 数日後、毎度毎度の環ちゃん人形を路上販売していたら臣が親御さんのサインの入った承諾書をもってやって来た。


 「おとうさん、芸能活動しても良いって、それでこれも渡すように言われた」


 俺は承諾書と一緒に茶封筒を受け取る、中にメモ紙が入っていてそこには一言


 「娘をよろしく頼む」


 と書かれていた、臣は何が書いてあるのか気になっていたようでメモを見せてと言ってきたが、


 「お前がこの世界で成功したら見せてやるよ」


 と言って、こちらこそよろしくな、と少女の頭をなでながら俺はそうつぶやいた。



 その後の臣の活躍は目覚ましい物があった、1年生の間にリルと一緒にボランティアなどで表現力や演技力などを身につけ、2年生になってからはテレビで全国放送の『教えてリル先生♡』に起用され一躍人気者になる、3年生になっても勢いは止まらず同世代から圧倒的な支持を得る。



 その時の話をしたい所だが、そろそろキャンプ場に到着しそうなので、続きはまたいずれ話すことにするよ。

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