第8話 臣ちゃんと環ちゃん(中編)

 今日は数年ぶりにリルと再会した公園に来ている、毎月イベントをやっていて、リルはここで腹話術等腕を磨きながらパフォーマンスしている。


 「僕は環ちゃん人形を売ることは出来ないけど手伝いは惜しまないからね」

 リルが嬉しいことを言ってくれる。


 社長は俺に与えた仕事だとして環ちゃん人形は俺が全部売らないといけない、だが手伝ってもらうのは問題ないという事だ。


 リルが環ちゃん人形をもって腹話術をしてくれている、大勢のギャラリーが楽しんで見ている、その中に臣とお母さんの姿もあった。


 パフォーマンス後、早くも10個の環ちゃん人形が全て完売した、こんなことならもっと持ってくればよかったな、リルが鮮やかに扱う環ちゃんはまるで生きているようで見ている人に自分も欲しいと思わせる力がある。


 子供達の親御さんもペットを飼うと思えば安いものだと笑顔で買ってくれた、今日はマジ、リル様様だよ。



 パフォーマンスをしている動画は撮影済みなのでネットにもアップしようと思う、少しでも環ちゃん人形を知ってもらうためには必要な事だからな。


 リルが仮面を取ると多くの人だかりができる、そう今年から始まった子供たちに大人気のテレビ番組『教えてリル先生♡』の影響だ。


 臣も毎回欠かさず見ているようで他の子どもたち同様興奮している、俺は臣のお母さんにキッズモデル、芸能活動の話をするがあまりいい返事はもらえない、どういったことをするのかもわからないし娘はまだ1年生なのでと心配との事だ。


 俺はこれからリルを老人ホームのボランティアに連れていくので一緒に行かないかと誘ってみた、臣はリルとお話ししたいようで絶対行くとお母さんに訴えて、しぶしぶ来てくれることになった。



 老人ホーム内、リルが腹話術をする、アシスタントをなんと臣が務めている、理由は臣が自分の環ちゃん人形を持っていたので人形同士でお話ししてみようと、急遽リルが提案しエチュード(即興芝居)になった、臣が自由に環ちゃんを動かし、リルが腹話術でサポートする形で見事に上手く成立している、ご老人やスタッフの方たちも朗らかに、時には笑い、暖く見守っている。


 俺と臣のお母さんは一番後ろで見ていた、お母さんは臣の楽しそうな顔を見て少し考えさせてと言ってくれた。



 ボランティア後、返りの車内でリルと臣は今日の芝居を楽しそうに振り返っている、すっかり友達になったようだ、臣がまたやりたいと母親に伝える、今日のような老人ホームや幼稚園でのボランティアであれば帰りが遅くなければ良いと言ってくれた、お母さんの考えが変化したのは、臣ちゃんの勉強は俺がしっかり見るんで、と伝えたのも大きかったのかもな・・・・。




 それから臣はちょくちょく事務所にも顔を出すようになった、社長も臣を気に入ってくれて世界で一つしかない60センチ、ビックサイズの環ちゃん人形を見せてあげていた、俺が初めて社長とあった時に持っていたやつだ、臣の反応は言わずもがなであるのはわかることだろう。




 「王手!」

  ある日の昼過ぎ事務所内で社長と臣が将棋を指していた。



 「社長、いくら手加減しているとはいえ追い込まれているじゃないですか」


 6枚落ち(飛角桂香が最初からない状態)で指しているとはいえ社長は学生の頃、奨励会に在籍したこともある実力の持ち主だと聞いている、そんな相手に小学一年の女の子が追い詰めているなんて信じられなかった。


 「あっ、あっ、あ~」

 「はい、王手」


 臣が追い詰めていると思ったが結局社長が勝利した、そうだろうな、と思っていると。


 「還流、お前指してみろ」


 「ハンデ下さいよ」


 「指すのは俺とじゃない」


 社長じゃなければ臣とか?


 「臣よ、飛車角落ちで還流と指してみろ」


 「え~、飛車角落ち」


 「はっ、俺も舐められたもんだ、やってやるよ、さぁ来い!」


 



 「まっ・・負けました・・・・」


 「やった~、還流にかったー!」



 嘘だろ、飛車角落ちで負けるだと、しかも相手は小学1年生だぞ・・・・。


 「臣、お前将棋教室とかに通っているのか?」


 「いいや」


 「どこで習った?」


 「じいちゃんだよ、一緒に住んでいるおじいちゃん、よく相手させられている」


 何者だその爺さん。




 社長は俺相手では物足りないと思っていたらしく良い暇つぶし相手が出来たと喜んでいる。




 その後、臣はボランティアでリル同様人気者になっていた、人形劇の後は決まって一手5秒の早指し将棋が盛り上がり実力のある臣相手に向きになって挑む爺さんたちも沢山いた、いい勝負をする方もいたが全戦全勝の臣に『最初にワシが負かすワシが負かす』と意気込んでいる、そう言ったこともあり臣がいないときは多くの方が寂しがっていた。



 芸能活動をするにあたっての親の承諾書を貰って来いと以前お母さんに渡した用紙の提出を伝えているが臣は忘れたと言い続けて持ってこない、3日に一回は事務所に来ていたのにここ一週間姿を見ていない、路上販売にも顔出さないしどうしてるんだろうと気になる。



 母親の携帯に電話を掛けるが一向に繋がらない・・・・。



 社長も用紙提出なしにはボランティアに連れていくことは駄目だという事で、臣の様子見と新しい承諾書を持って直接家に行くことにした。

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