第7話 臣ちゃんと環ちゃん(前編)

 あれは社長キルトの命令で環ちゃん人形を手売りしていた時だった、公園や広場で開催しているイベント会場や、駅前、商店街など人が集まりそうなところで、長机の上に1日10個限定販売、環ちゃん人形と書かれたポップを設置し人形を並べて販売していた、販売初日、2日目、3日目と見る人はいるが売れることなく日にちだけが過ぎて行った。


 一週間くらいたっただろうか、いつものように机に環ちゃん人形を並べて声掛けしていたら一人の女の子が母親に、


 「この子が欲しいの」


 とねだっていた、そのに環ちゃんを抱かせてあげる、笑顔で楽しそうだ、俺は売れたわけでもないのにとても嬉しくなった。



 母親が値段を聞いてびっくりする、とても買える値段ではないという雰囲気だ、負けじと俺も社長に教わった営業トークをする、メイドインジャパンで、自然繊維、絹(シルク)も一部使っている、デザイナーのキルトホウジョウの作品、全てにサイン&シリアルナンバー入りでネット販売はなく今ここでしか手に入らない等伝える。


 しかし首を縦に振ることはなく娘さんに他に安くていい人形、ぬいぐるみはあるだろうと促す、おれは今日も売れないのかと肩を落していると娘さんが


 「これがいいの、これじゃなきゃい・や・な・の!」


 と、母親にせがんでいる、母親も譲らないが、自分の預けていたお年玉全部使っていいから買ってくれと駄々をこねて母親も根負けし、なんと嬉しいことに初めて環ちゃん人形が売れたんた!


 正直俺も売れるんだ! と驚いた、購入の際に安くしてくれとさんざん言われたが社長にびた一文値引きはするなと釘を刺されていたので丁寧に断った。


 この娘とお母さんのやり取り、買う買わない合戦が面白かったのかちょっとしたギャラリーが出来ていた、娘さんが買ってもらったことで拍手迄起きたほどだ。


 その娘が環ちゃんをもって可愛がっているのを見て、


 「これは人気ある商品なのか?」

 「子供にプレゼントすると喜びます?」

 「キルトホウジョウという人は有名なのか?」

 「私にも一つくれないか」



 等次々に声をかけられて、みるみるうちに残り9個全部完売した。

 おれは何とも言えない達成感を感じた、また何を売るのではなくてどうやって売るっていうのが大切なんだなとひとつ勉強にもなったよ。



 その後、俺はこの子と協力すれば環ちゃんを売ることが出来ると思い、お母さんに名刺を渡し娘さんをキッズモデルにしませんか? とお誘いする、少女は興味を持ったようだが母親は名刺だけは受け取ってくれたが反応はいまいちで詳しい話は聞いてもらえず帰っていった。


 翌日からは以前の様に環ちゃん人形はさっぱり売れる気配がなくなった、どの場所に行っても売れずあの十個完売した日が幻だったんではないかと思ったほどだ。


 今日は完売した商店街で販売を開始した、いつものように多くの人が素通り、あきらめムードに入っていると初めて環ちゃん人形を買ってくれた少女がやって来た。


 「おー久しぶりだなぁ」

 俺は妙に嬉しい。

 「こんにちは、環ちゃん連れてきていいですか?」


 何のことかと思えば販売している環ちゃん人形とお話ししたいとの事だ、様は人形ごっこだな、勿論了解した。


 少女は家から環ちゃん人形を持ってきて並んでいる人形とお話ししている、可愛らしい光景だなと見ていると周りに人が集まってきた。


 俺はここぞとばかりにセールスする、話は聞いてくれるが値段を聞いて去っていく、だが興味持ってくれる人もいて前向きになれる。


 その子は妹? 良かったら一つ購入させて下さい、と、俺とこのの関係を誤解した年配の女性が買ってくれた、またこの娘の人形遊びを見ていた人が自分の子供にも買ってあげようと言って、一個買っていかれた、みるみる内に売れ今日も全部完売した、俺はこの娘には人を惹きつける魅力があるんだと思い、内の芸能事務所に是非欲しいと本気で思った。



 君の名前教えてくれるかな?


 「おみだよ、王城臣おうぎおみ」お兄さんは?


 「俺の名前は雨木川還流あまぎかわかえる、よろしく」


 すると臣は顔を真っ赤にして、


 「かえる~、カエルだって、あはははははっ」


 と腹を抱えて大笑いする、いいさ、慣れてるよと、しばらく黙っていたがいつまでも笑い続けているので流石にムカついてきた、かえるじゃない! えるだ! にアクセントが付くの、言い方間違わないように! 聞いているのかいないのか笑い声が商店街に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る