コラボ撮影二日目とその帰路にて
「やっほー、みんな息してる?ハルタモカです!」
——と!
とモカが威勢よく継ぐ。
「どうもー!ハイチーズです!」
超人気ビューチューバーであるハイチーズの二人。掛け声の重なり方がやはり堂に入っている。
彼らが彼ら自身で運営する会社名義で借りている自宅を訪ねたときは、動画の中でしか見ることができなかった世界の中に自分たちがいると思い、緊張と興奮のエレクトリカルパレードだった。
通されたのは、ハイチーズの動画の中で見かける、いつもの撮影場所。
同居しているスタッフの皆さんが手際よく俺たちを案内し、カメラを定位置に据え置いて撮影オーケーの合図を出す。それまでの間、俺たちはずっと雑談をしていた。
雲の上も雲の上、俺たちと同世代か下の世代で知らぬ者はいないと言っても過言ではないほどの人気者で最初こそ緊張したが、動画と同じテンション、同じ親しみやすさでどんどん話題を向けてくれ、笑ううちに地元の先輩くらいの距離感で二人を捉えることができるようになった。
「さあ、今日は超ビッグなゲストですよ」
「ほんま。昨日の夏川タケルくんもすごかったけど、まさかハイチーズの二人とコラボできるなんて」
切り出す俺たちに、すかさずハイチーズの二人が乗っかる。
「いや、こちらこそだよ。大バズりのテーブル破壊動画のハルタモカの二人とコラボできるとか、超オモロいじゃん」
二人のうち、ナオ君が白い歯を見せて笑う。たぶん同じ学校だったら絶対に俺は絡まなかっただろうなというタイプで、完全な陽キャだ。
「でもさ、テーブル破壊動画だけじゃないんでしょ?京都の名所巡りの動画、観たよ」
と笑うのは眼鏡がトレードマークのシン君だ。こちらも明るいキャラだが、ナオ君に較べればやや陰の気が感じられる。
「観てくれたんですか。ありがとうございます」
「いいなあー、俺も可愛い子と京都デートしてえよぉ」
すかさず、モカが口を挟む。
「あ、それわたしのことですか」
「当たり前じゃん。モカちゃん、マジ可愛いから」
褒められるたびにモカは少しずつカメラに近寄って行く。これで、導入の笑いはオッケーだ。
俺たちが持ち込んだ企画は、人気対戦ゲームであるスマグラ勝負だった。俺たちの動画でもたびたび配信しているが、ハイチーズの二人はビューチューバーの中でも指折りの使い手だ。
俺たちはどちらもあまり上手くなかったけれど——モカの時点で下手なわけだが、俺はそのモカにすらボコボコにやられてしまっていた——、二人で撮影を繰り返すうち、それとなく上手くなってきている。今の俺たちのレベルなら、ちょうど面白い程度にボコられるはずだ。
ゲームを進める。使い慣れたキャラで挑む俺たちを、ハイチーズの二人が全力で迎え撃つ。
二対二のチーム戦だが、俺たちは文字通り瞬殺というような格好だった。
撮れ高がそこそこ稼げた頃合いで、チーム替え。
ナオ・モカの陽チームと、シン・ハルの陰チームだ。これは、なかなか盛り上がった。ハルタモカがそれぞれハイチーズの足を引っ張るような格好になり、勝っては負けを繰り返す。
そして、ハイチーズのスタッフの皆さんも乱入してきて、最後はみんなで大乱闘。動画を完璧な盛り上がりで締めくくることができた。
「いや、ほんとありがとね」
「めっちゃオモロかった。絶対、またコラボしよう」
ハイチーズの二人のテンションは撮影が終わっても、やはり動画の中と同じままだ。コラボ撮影の直後——スマグラ動画のあと、ハイチーズ側の企画である「美女一人に男三人、目隠しかくれんぼ!」も撮っている——でもこのテンションを維持できるのは凄いことだ。さらに、
「大丈夫だった?なんか、変なとこ無かった?俺ら、思ったまま言っちゃうからさ」
と俺たちを気遣う——動画中、ハイチーズの二人はテレビなら絶対に放送できないレベルの下ネタを連発し、モカは腹を抱えて笑っていた——余裕まであるらしい。
人気が出るためにどうするか、というようなことばかりを考えるしかない自分が、とても小さく思える。ハイチーズがこれほどまでに多くの人の支持を受けるのは、この人柄なのだろう。
「めっちゃやりやすかったです。おふたりとも、めっちゃ優しくて」
「ホント?マジ良かったあ。ナオ君が結構ゴリゴリ行ってたからさ、気ぃ悪くしてんじゃないかとヒヤヒヤしてたわ」
「え、俺かよ。シンこそ、めっちゃ変態ネタ押してたじゃん」
そして、二人で、ごめんね、またコラボしようね、と手を合わせる。
格が違うというのはこのことなのかな、と思った。動画の面白さとか以前に、俺は彼らのように人に愛されるべくして愛されるような性質を持ち合わせておらず、むしろその逆だ。
だが、ハルタモカには、モカがいる。人に愛されることの天才とは、彼女を指して言う。
昨日の夏川タケルといい、ハイチーズの二人といい、やはり愛されるべくして愛されている。それならば、モカもまた愛されるべくして愛されるはずだ。
数十万、数百万の人に愛されるチャンネルとのコラボは、学ぶことがあまりにも多い。俺に多くの気付きを与え、そして俺はモカとコンビでいることについての確信を得ることができたのだから、感謝しかない。
「本当に、ありがとうございました」
東京駅まで見送りに来てくれたスコッパーの田中さんに、俺たちは心から感謝を述べた。
「とんでもない。お二人こそ、ほんとうにお疲れ様でした」
スコッパーは大手芸能プロダクションとは違い、少人数で運営しているビューチューバー専門の事務所だ。田中さんは俺たちのほか数組のスケジュール管理とブッキングをしながら、社内のこともしているらしく、オンライン上の打ち合わせで見るよりもだいぶ疲れて見えた。
休んでいないんだろうな、と思う。だけど、田中さんはとても楽しそうに笑う人だった。
きっと、仕事が楽しくて仕方ないんだろう。ホテルからハイチーズの自宅に向かう途中の車の中でも、
「僕はね、楽しいことが大好きなんですよ。それをする、ビューチューバーっていう種類の人間が、特に。僕に人を楽しませたりする力はないけれど、皆さんのサポートをすることなら。だから、めちゃくちゃ楽しいんです」
と笑っていた。事務所のお仕事は大変じゃないですかなどと質問をしたことを申し訳なく思うほど、その笑顔は真摯なものだった。
「田中さんがいてくれたら、安心です。わたしらだけやったら、東京で迷子になってたし、そもそもこんな大きいコラボなんか全然無理やったし」
モカの言うとおりだ。もっと名前が売れてきたら自分たちだけでも大きな活動ができるんだろうけど、今は田中さんのように俺たちに可能性を感じて支援してくれる人の存在がほんとうに有難い。
「また、来月にコラボ企画を考えてます。こんどは二組連続じゃなく、一週間連続なんてどうですか」
「マジっすか。是非お願いしますよ」
たぶん、ほんとに実現するだろう。コラボウィークはもちろん、コラボマンスと称して一ヶ月連続でコラボをしたビューチューバーもいたくらいで、もう珍しくはなくなっている。それでいて、非常に視聴者に対してアピール力がある。
夏川タケルとハイチーズ。彼らとのコラボのおかけで、俺たちの登録者数も跳ね上がる。それを一週間、一ヶ月も続ければ、それこそほんとうに——。
「一年で百万人、ですよね」
俺の頭の中のものを、田中さんがそのまま口にする。
「かならず実現しますよ、ハルタさん、モカさん」
「そう言ってもらえると、僕らも心強いです」
「二人には、人を惹きつける力がある。二人の姿を目にした人は、かならず二人を好きになる。僕も、お手伝いします。二人を、百万人の大台まで」
「田中さん」
アツい視線を交わして頷き合い、またオンライン会議で、と言い残して新幹線の改札に切符を通す。
ほんとうに、行けるかもしれない。
あの景色まで。
「なあ、モカ」
俺たちを迎えにきた新幹線。乗り込んで、数分。そろそろ尻がシートと馴染んだくらいの頃合いに、隣の席のモカと改めて俺たちの快進撃を分かち合おうとする。
「——モカ?」
胸を押さえている。
「大丈夫か?」
様子が変だ。俺じゃあるまいし、まさかいきなりぶっ倒れたりしないだろうな、と声をかけたいところだが、青ざめた顔がそれを許さない。
「な、なんやろ。息苦しい——」
モカはこれまで腹を壊すことすらなく、大食い企画をしても平然としていられるような鉄骨ボディだから、こういう身体的な不調を訴えるのは珍しい。
「心臓が、バクバク言うてるのが聞こえる」
浅い呼吸の中で、異変を俺に伝えようとする。品川や新横浜で飛び降りようにも、肝心のモカが動けそうにない。
どうしよう。このまま京都に着くのを待つべきか。いや、これほどまでに辛そうなモカを、そのままにしておけるはずがない。
次の停車駅は名古屋。様子を見るか。それにしては相当に遠い。
どうするべきか。
極限テンパりマックスの俺の脳内に、煌々と明るいLED電球が灯る。
そうだ。人を頼ろう。
乗務員さんは。乗務員さんを呼ぼう。そして、お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか、と高らかに呼ばわってもらおう。
人を頼ること。それを思いつくことができた。
なぜなら、この僅かな期間においても、俺たちを多くの人が助けてくれたからだ。
たとえば、あの看護師さん。田中さんも、もしかしたらそうかもしれない。俺たちも、誰かをほんの少し助けられているのかもしれない。
その実感が、俺をして乗務員さんを呼ぶという当たり前のことを着想せしめた。
そして、俺は立ち上がる。
「お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか!」
しまった。
俺が叫んでどうする。
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