連続コラボ第一日目 2
夏川タケルとのラップバトル企画。
まずマイクを持って向かい合い、一戦。
これがプロの技か、と震え上がると同時に夏川タケルの生み出す言葉の波とうねりに魂まで共鳴して興奮した。
なにも知らぬままの俺たちのターンになったが、もちろんいきなりフリースタイルラップなんてできるはずもなく、「寒すぎて草も生えずツンドラ」とテロップを入れざるを得ないような有様だった。
打ち合わせどおり、
「タケルさん、ラップのコツってありますか?」
とモカが切り出す。
「コツって言われても、難しいですね」
と夏川タケルは苦く微笑み、
「母音を、まず揃えることですかね。あと、同じリズムを使って、同じところで同じ響きを」
と俺たちに教えた。
「ハルタモカ、
「おおー、すご!」
「ストーリーを付けてみるといいかもしれません。ハルタモカの二人が明日の動画をどうしようかって考えて打ち合わせして、でも結局意見が立ち戻っちゃって——」
「あはは、めっちゃあるある」
なるほど、と思った。ただそれっぽいリズムでヨゥヨゥ言ってるだけじゃお経になってしまうが、そういう秘訣があったのか、と数年に一度しか公開されないありがたい仏像がしまわれている厨子の扉が開いたような気になった。
「無理のないように、今のライムを——あ、韻を踏むことですけど、ライムとライムの間に文章を入れていく」
——ハルタモカ、毎日更新だけど
「やばー!すごすぎる!」
大喜びするモカ。夏川タケルがまた気まずそうな——いや、間違いない、こいつシャイだ——様子で長いツイストパーマをひと束もてあそび、どうぞ、と俺に合図した。
やってみろということか。
今の夏川タケルのライムは素人でも分かるほどに凄い。あんなスピードでスラスラと言葉が出て、しかも噛まずに発音し、韻を踏む。ラップというのは思った以上に高等な技なのだと思い知ったが、授けられた秘訣を用いれば何とかなるような気がした。
「で、ラップバトルだと、だいたい相手をディスるんですよね。俺はあんまりディスばっかのリリックは好きじゃないけど」
意外と優しい。そうテロップを入れておこう。
「でも、いいっすよ。バトルだし。思いっきりディスってみてください」
どうやら、東京湾か山梨の山中か選ぶくらいのことはさせてもらえそうだ。
俺は、腹をくくった。
やってやる。このコラボを、最高に面白いものにしてやる。
夏川タケルがスタッフの人に合図をし、オケが流れはじめる。彼の代表曲、「枕草子を今歌え」だ。素直になれない彼が、帰りを待ち続ける留学中の彼女に向かって放った渾身のライムで、その荒々しい言葉と生の感情が多くの若者の心を掴んでいる。
そのオケに乗って、それっぽくヘイ、ヨゥなどと呟いてみる。
ここで入る、というタイミングで合図をしてくれた夏川タケルを思い切り睨み付け、ぶっつけ本番のライムをぶちかます。
「夏川タケル、無口だけど高いレベル、実はシャイないい奴」
ド素人にしては、悪くない。そう、夏川タケルの眼が言っている。
「鳴らせベル、剥がせレッテル、子供の教育に悪いモデル、貫いてけよウェーブ、素人にラップとか無茶振りが過ぎる、だけどこれで近づけたかよお前のライバル」
夏川タケルの眼が、笑った。
「上手い。良かったっすよ」
楽しんでいる。俺も、その脇で大はしゃぎしているモカも、夏川タケルも。ブースの外のスタッフそんも田中さんも、みんな笑っている。
おそらく、完成したこの動画を見た、多くの人も。
俺たちの企画に続けて、夏川タケル側の企画の撮影も終わって。
「——また、機会があれば是非」
そう言って、夏川タケルはまた首をこくこくと動かした。さいしょあれほどビビり散らかしていたくせに、俺はすっかりこのシャイな青年のことが好きになっていた。
それは俺だけではなく、おそらく、夏川タケルも同じなのだろう。
あまり好きではないビューチューブ活動。持ちかけられたコラボ。いつも一人で動画に映っていた彼にとっては新鮮というより面倒だっただろう。
だが、いざやってみれば。
ラップと同じで、やってみれば楽しい。共に楽しむ人が目の前にいるからだ。
悲しみも、怒りも、笑顔も、全て人から人へと伝播してゆく。今俺の目の前で夏川タケルが不器用な笑顔を見せているのは撮影中俺がずっと彼を笑わせていたからだし——ラップバトルのあともさんざんにいじり倒し、その度に彼は屈託のない笑い声を立てていた——、俺がずっと笑っていられるのは隣でモカが無遠慮に大口を開けて手を叩いて笑ってくれるからだ。
そういう風にして、伝わってゆく。このコラボで得られたものは、そういう実感だった。
とか言うとまたモカに厨二の虫が鳴いていると指を差されそうだが、とにかく楽しんで撮影を終えることができたのは何よりだ。
「また、連絡してもいいですか」
夏川タケルがスマホを取り出したので、連絡先を交換する。
「いい刺激になりました。またやりましょう」
素っ気ないようだが、メディアを通して知る彼の姿からすれば、マブダチだろう。
大人たちの撤収作業を手伝い終えたマブダチ三人を、夜になってもまだ冷めない東京のアスファルトが迎えた。
「俺はこれで。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした、今日はほんまありがとうございました」
「いや、ホント。失礼なこといっぱい言っちゃって」
去りかけた夏川タケルの足が、止まる。
「やっぱ、実物は気配りとか上手なんですね」
「え?」
「いや、いつも結構好き放題にボケたりツッコんだりしてるから」
夏川タケルは、俺たちの動画を観ているのか。いや、コラボが決まってから、どんな相手なのかを知るためにチェックしたのだろう。そうだ、そうに違いない。
「俺もあんたらのテーブル破壊みたいなインパクトのある一発、そのうちリリースします」
「観てくれたんですね、ありがとうございます」
「いやいやお前、夏川タケルさんが俺たちの動画なんて——勿体なくてお化け出るぜ」
勿体ないお化け、というワードは特定の世代にしか分からないかもしれず、俺たちですらその世代とは遠くかけ離れているが、なんか面白い言葉なのでわりと動画でも使っている。それを聞いた夏川タケルはくくと喉を鳴らし、
「いいコンビだと思ってたけど、実際会ってもほんとにいいコンビですね。——うらやましい気もします。じゃ」
と擦り減ったスニーカーを夜に溶かした。
コラボ撮影、大成功。夏川タケル側からも許可が出ているので、今日の撮影の記念写真をさっそくSNSにアップ。
衝撃のコラボ告知に対して凄まじいスピードで反応があり、あらためて夏川タケルの影響力の大きさと俺たちの小ささを感じる。
今日は田中さんが手配してくれたホテルに宿泊し、明日はまたコラボ撮影。田中さんからの打診を快諾してくれた、超大物のハイチーズの二人とのコラボだ。
緊張と興奮で、うまく眠れないかもしれない。昔から繊細だった俺は枕に巻くタオルが変わるだけで悪魔を見ると一部界隈で噂されているが、逆に今日の達成感ある疲労によりすぐ眠ってしまうかもしれない。
今のところ、疲労も、興奮も感じていない。チェックインして狭い部屋に俺一人になり、はじめてそれを感じるのだろう。
モカは、大丈夫だろうか。疲れやしていないだろうか。
また、例の「ん?」という表情を向けてくる彼女に、俺はなんとなく笑いかけた。
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