第五章【超大型コラボ】あの大物とコラボしたら笑いが止まらなくて草
スカイツリーのテッペンまで
それはそうと、ハルタモカが事務所に所属して最初の撮影の日がやってきた。スコッパーはなかなか活動的で、売れる芽のあるクリエイター——マネージャーとして付いてくれることになった田中さんがネット会議で俺たちのことを、ビューチューバーを指す一般名詞でそう呼称していたが、いつまでも慣れそうにない——をもっと増やしたいと思っていた矢先のことだったらしく、契約もきわめてスムーズだった。
そしてその匂いもまだ抜けないうちに、さっそく大きな仕事を取り付けてくれた。
コラボ撮影。しかも、二組同時に。
コラボ撮影というのは異なるチャンネルで活動するクリエイター同士が、互いの動画に参加することでファンの増加と企画の拡大を狙う、双方にメリットのあるものだ。
すなわち、相手方にとって俺たちとのコラボにメリットがあると感じられないなら、一方的に俺たちに利益があるということでウィンウィンにはならない。
チャンネル登録者はまだ十万にも達していない。それなのに、田中さんはよくこんな大きな撮影を取り付けてくれたと思う。
知らされたコラボ撮影の相手は、二組。はじめは夏川タケルという最近ヒットを飛ばしている若いラッパー。登録者数七十万人。音源をリリースする以外にビューチューブで即興のフリースタイルライムを披露する動画がウケている。
なんでも海外留学をしている彼女が帰国するまでにミリオンヒットを記録することが目標だそうで、無口で無骨、いや、見たまんまを言えばチンピラみたいなイカツい兄ちゃんの割に健気なステータスが若年層の支持を得ている。
その夏川タケルと、即興ラップバトル。俺たちはもちろんラップなんてしたことなんてないからただのネタ動画になって終わりだろうが、夏川タケルにしてみれば俺たちの動画側のファンに自分の存在を露出することができるからメリットがある。
田中さん曰く、彼と俺たちとのファン層には一定の共通項があるようで、そこでマッチングしたらしい。
もう一組について聞いたときは、俺もモカも田中さんと通じているウェブカメラのマイクの音が割れるほど驚いた。
ハイチーズ。ナオとシンという男性二人組ビューチューバーで、登録者数はなんと四百万人。もちろん、俺もモカも当たり前のように登録して更新される度にチェックしては大笑いしている。
国内のエンタメ系ビューチューバーの中ではトップクラスの登録者数と人気を誇る彼らが、コラボの打診を快諾してくれたらしい。
田中さんがどんな交渉をしたのかといえば、彼らのスタッフに渡りを付けたところ、交渉の間すらもなく本人から連絡がきて即諾だったとのことだ。
「色んな新しい人とコラボした方が、面白いじゃん」
というのがその理由だったそうだが、ビューチューブの世界には化け物のような奴が本当にいるらしい。
なおかつ、ハイチーズの二人は、俺たちについて、
「あのテーブル破壊の人達でしょ?観てる観てる。めちゃ面白いじゃん!」
と述べていたらしい。
「俺たちがあの夏川タケルや、あろうことかハイチーズみたいな大物とコラボなんてなぁ」
新幹線の到着を待つ。
新幹線での移動は、ハルタモカとしてはもちろんはじめてだ。向こうで田中さんとはじめて会い、そのまま夏川タケルとの合流場所まで案内してもらい、撮影中はカメラマンとして付き添ってくれるらしい。
「メ、メイク道具」
「せめて、新幹線来てからにしたら。今からハンドバッグひっくり返してたら、乗車のとき面倒だろ」
「あ、そ、そうやんな」
モカは落ち着きがないが、どうしてかそういう人間を隣にすると俺は落ち着く。
かつて親戚のお姉ちゃんとお化け屋敷に行ったとき、お姉ちゃんが常軌を逸したレベルの怖がりで、それを宥めたりすることに専心してしまい俺は全く怖くなかったという経験から「お化け屋敷に一緒に行く奴が怖がりなら俺は怖くない現象」と俺は名付けているが、そういう心の働きが誰にでもあるのだろうか。
「ハルタ君は落ち着いてて、すごいな」
と、そういう俺の謎理論のことは知らないモカは単純に感嘆を述べる。
「まあ、待ってりゃ新幹線は必ず来る。たとえ俺がこの世から消えたとしても、定刻になりゃ変わらず、な」
「あ、出た出た。なんかそれっぽいこと言う感じのやつ」
語彙力。と極めて短いツッコミを残すのが正解だ。ツッコミへのツッコミに言葉を用いすぎると会話の流れが鈍くなる。それも、休まず続けている毎日投稿の中で鍛えられた感覚だ。
俺たちよりもチャンネル登録者数が遥かに多い相手とのコラボでも、気後れすることはない。数では相手が上回っていたとしても、彼らが俺たちをつまらない、興味のない相手だと思ったならコラボなんて受けない。
夏川タケルだって、コラボの話が出たあと俺たちの動画を観たはずだ。そこで、多少なりとも面白いと思ったはずだ。
楽しむために。それが、ビューチューバーの存在理由。動画の中でハイチーズの二人もそう言っていた。
だから、気後れすることはない。まあ、俺の場合さっきのお化け屋敷理論は置いといて、そう自分に言い聞かせることでカッコつけているというのが実際のところだろうが。
東京まで、三時間ほど。その間、俺はモカとたくさんの会話をした。大学時代がどうだったとか、何てことのない話ばかりだ。
そこから俺たちが偶然再会した——と言っても車窓が凄まじいスピードで追い越してゆく知らない川沿いに植えられた桜並木が、今見ているみたいなグリーンじゃなくピンクだった頃のことだから、ほんの数ヶ月前のことだが——ときのこと。悩んでいるモカに俺がお香をプレゼントしたことなんかの話になった。
「ありがとうな、ハルタ君」
「なんだよ、あらたまって」
モカは俺と違い、ありがとうやごめんなさいが常に言える人間だが、東京に向かう新幹線の中でというのは多少なりともエモいものがあるらしく、俺は慌てて特に見るもののないはずの車窓に首を向けた。
京都駅は曇天だった。それが、新幹線が走るうちに晴れた。そして今、また曇りつつある。すごい速さで移動してるから、俺たちが天気を追い越しているんだな、とふと思った。
「ほんまにありがとう。いっぱい、助けてくれて。ハルタ君がいいひんかったら、わたし、今ごろ」
俺が理由もなく感じているエモさは、モカの中にもあるのだろうか。なんとなく、いつもの声よりも掠れて聞こえた。
「どうだかな。モカなら、今頃セクハラ上司を殴り飛ばして、じゃあお父さんがわたしの代わりにお尻触られてみいや、って直談判してんじゃねえの」
その声の調子に合わせると、俺はモカに感謝させてしまうことになると思い、わざとそんな言い方をしてやった。
「なんなんそれ。ていうか待って、お尻はさすがに触られてへんけど」
案の定、モカの声は明るくなった。
ほんとうに、素直な奴だ。ありのままの自分というようなものを有り難がる価値観は、おそらく最近になって発生したようなものだろうと俺は思っている。人間、ありのままの自分でいるのは気楽だろうが、自分がありのままであればあるほど、それは即ち周囲が自分に気を遣ってくれているということになるからだ。
それでも、ありのままでいたい。誰に気兼ねすることなく、思うさま自分をあらわしたい。そういう欲求がはち切れそうに充満しているのが、今俺たちが暮らしている世の中なんだろう。
モカは、そこにあらわれた奇跡だ。本気で、そう思う。飾ることなく、作ることなく、自分が感じたことをそのまま表現することができる。そして、それを受けた人を幸福にすることができる。周囲に気を遣われ、誰かに許されてはじめて成立する自然体などではなく、モカの自然体は誰もがそれを見ることを喜ぶような性質のものだ。
車窓から、首を俺の究極の相方の方へと。
どれだけ速く景色が動き、天気すらも追い越すような中にいても、そこには動画の中と変わらないモカの笑顔があった。
「一人でいるとな」
その笑顔が、また曇った。窓の外と同じだった。
「押し潰されそうになるねん」
「なんだよ」
「ハルタ君が、わたしを助けてくれた。でも、わたしは、ハルタ君に何もしてあげられてない」
そんなことはない。それは断じて違うが、あえてここはモカの言葉を遮ったりはしないでおく。
「夜、寝るときとかさ。色んな人に申し訳ないな、って気持ちばっかりが込み上げてきて。意味もなく、泣いてしまったり。わたしなんか——」
はじめからいなければ。
動画の視聴者は、知らない。
どれだけモカが可愛らしい笑顔で笑っていたとしても、その心のどこかには、こういうほんの僅かな歪みがあるということを。
俺は、それをとても強く感じている。
たとえば、あの雨のハンバーガー屋。
たとえば、モカの家に突撃したとき。
たとえば、疲労のために倒れた俺を見て。
モカがしばしば見せるこの表情もまた、モカの隠さざるありのままのものだ。
どうにかしたい。何か、できることは。俺は、いつもそう思う。
京都タワーの上から見たような、あんな景色を。それを見れば、モカは自分について涙することはなくなるだろうか。
どうせなら、この新幹線が東京駅なんかじゃなく、スカイツリーのテッペンにでも登っていってくれればいいのに。
ふと、そんなことを思った。
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