WAKKAの中の出会い

 男、男、男。四角いテーブルを3人で囲み、1人はひとつ空いた席にまるで誰かが座っているかのように、その空間だけを見つめて話を続け、2人は片方の首筋がこれ以上なく伸びきってしまっている。

 男、男。誰でも通る廊下と、誰でも使うこの部屋を、意味なく遮る扉の内側に、何をするわけでもなく、1人は右側にある重心を左側へ移し、3分ほどすると右に戻す作業を繰り返し、1人は心がどこかへ飛んで行ってしまったかのような、あるいは、考え過ぎで自分の小さな世界に溺水してしまったかのように一点を見つめている。


「ノック。」


テーブルを囲んだ首筋が伸びきっていた男の1人、シラカンバ国王タギルが、ドアの前に立っている男を呼び寄せた。


「お前がいるせいでミカエルはヘルタ嬢様との結婚を拒むだろう。ミカエルを説得するか、お前が我が国から立ち去るかだ。とにかくお前のせいで婚姻の話が進まないんだ。どうにかしろ。」


ーあぁ、俺はいなくなってもよかったのかー


「ノック!聞いているのか!なんとか言え!」


タギルは、撃たれた雄鹿のような声で怒鳴った。


「お話はそれだけでしょうか。」


ノックは、恐怖と怒りが入り混じった震えた声で、タギルの目を見て質問した。


「それだけとは…!!!」


「少し、休憩をとりましょう。」


話にピンでも刺すかように、空いた席に話しかけていたヒノキの上位騎士にして参謀であるファラン・ダグラスが立ち上がった。


「そうですね〜、少し疲れてきましたもんね〜。」


と、首筋を伸ばしたもう1人の男、カナムグラ国王ブルドン・ヒュミュルズが同調した。


「我が娘との結婚、宜しくお願いしますよ〜。破談になれば〜、娘だけでなく〜、大事な大事な同盟国であるヒノキさんまで失ってしまうかもね〜。ま、気楽に進めましょう〜。」


ブルドンはタギルだけに聞こえる声で、鼓膜から心臓を突き刺し、部屋を出て行った。


「ペドリ、片付けておけ。」


そう言ってタギルも自分の部屋に戻って行った。ペドリは得意の体重移動で、右から左、左から右へと振り子のように揺れながら、吸い殻の入ったコップを力なく持ち、部屋を出て行った。

ノックは少し息が詰まりながら無理やり深呼吸をし、いつの間にか濡れていた頬を拭い、ミカエルの元へ向かった。


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 明るすぎて黒にすら見える太陽の光を避けるように、木の下に咲いた薄紫の花群に横たわり、少し意識を飛ばしては、すぐにまた戻るといったうたた寝を続けている少年が、さっきよりも長い時間意識を飛ばしている時に邪魔が入った。


「やっぱミックはここにいたか。」


「なんだ兄さんか。今は昼寝中なんだよ。」


ミックは起こしに来たノックを放って昼寝に戻ろうとするが、ノックがそれを止めた。


「大事な話があるんだ。」


「どうせ結婚の話でしょ?

僕より先に兄さんがするべきだし、兄さんが後継者候補から外されるのも意味がわかんないよ。」


「何度も言っているが、俺の母は貴族じゃないんだ!どこぞの平民なんだよ!娼婦かもしれない!!」


「ずっとこの城で育ってきたんだからそんなこと関係ないだろ!!」


「関係大アリなんだよ!!!!!」


ノックは、自身の理性と本心の間に生じたギャップを、どうにか掻き消せないかと声を張り上げた。

 いつもと穏やかで明るい兄とは明らかに違う態度に、ミックは何か裏があると察した。


「わかったよ。会ってみる。」


「よかった。」


「でも結婚するかは会ってから決める。見ず知らずの人となんか婚約できないよ。」


「それでもいいさ。」


 ノックは胸を撫で下ろした。それは、父タギルに脅されたからでなく、心の底からミックの幸せを願っているからだった。


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 「タイキャクダ!!」


 地面が揺れているのか、自分が震えているのかも判別できないほどの轟音が、頭蓋骨からお腹の底の辺りまで響き続けていた中で微かに聞こえていた声が、段々と近づいてきた。


「退却だ!一旦退くぞ!」


隣の大男が耳元で叫んだせいで、言葉の意味を理解するのにしばらくかかったが、不思議と自分のとるべき行動が周囲の動きで解った。


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 血と生ゴミの匂いが混じったような空気で、中身が何も無くなってしまった肺をゆっくり満たしていった。辺りには、片方の腕が肩から分離しかけ、風船ヨーヨーのようにプランプランぶら下がっていたり、元から無かったのではないかとも思えるほど、頭の一部分が消えて変形していたり、見渡せば、ここはサーカスなのかと思ってしまうほど、異形な体をした人間らしき物ばかりが転がっていたり、もたれかかっていたりする。


「お前も帰ってこれたか!」


さっき僕を"首輪"から引きずり込んだ大男が話しかけてきた。


「お前見かけねぇ顔だな!新入りか?俺はゲンクだ。よろしくな。」


僕は動揺していたせいか、ゲンクの言っていることがほとんど理解できなかったが、自己紹介をされたことはなんとなく解った。


「僕は春太って言います。」


僕が恐る恐るそう言ったとき、圧倒的に遠いところにあったゲンクの顔が急に近づいてきたので、僕は命の危険を感じたが、動くことすらできなかった。


「男、、だよな?」


「はい!」


ゲンクの顔はまた遠いところに行き、初めてホッとした表情をして、


「ハルタって女みてぇな名前だな!!」


この世界ではそうなのか?僕は、機動戦士Zガンダムに出てきたカミーユのセリフが一瞬頭に浮かんだが、顔が遠すぎて手が届かないことと、さっきの戦場からずっと指先に力が入らなかったことを理由に、なんとかその衝動を抑え込んだ。同時に、ホッとした表情で、ベルトの締める位置をひとつずらした時のように、心が緩んだ。


「ルーヴェン様が来てるらしいから挨拶行こうぜ。」


ゲンクが少し上機嫌になりながら僕の知らないことを言ってきたので、少し腹が立った。


「誰?そいつ。」


「お前!ルーヴェン様を知らないで革命に参加してるのか!?まぁ、末端ならあり得なくもないか。」


「そんで誰なんだよ。」


「ルーヴェン様は、このハンノキの国を、コナラの支配から独立させるために尽力しておられるお方だ。革命に参加するならそれぐらい知っておけ!」


「へー。」


「真面目に聞いているのかお前!!」


いよいよゲンクがキレそうになったので、これ以上揶揄うのはやめておいた。


「せっかく近くまで来てるんだ、挨拶行くぞ!」


拒否はできそうになかったので、とりあえずゲンクについていくことにした。


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 さっきまで僕が居たサーカスの控室のようなテントではなく、ちゃんと影ができる屋根がある。所々に装飾が施されていて、とても戦場とは思えない、いや、きっとこの中にいるやつは戦場を何ひとつ知らないとすら思えるほどの外観をしたテントの前に着くと、喧嘩は腰に携えていた武器を置き、跪いた。


「何をしてる!お前も片膝をつけ!」


ゲンクに何も逆らえない僕は、同じように片膝を地面に付けた。


 少し間があって、1人の男がテントから出てきた。太陽の光に反射した髪は、多分金色だったと思う。しかし、今まで18年間生きてきた僕にとって1番の衝撃だったのは、一目見ただけで、憧れ、嫉妬し、尊さまで感じてしまっている自分だった。


「久しぶりだなゲンク!また背が伸びたんじゃないか?」


「いえいえ、そんなことございませんよ。」


話し出すと、その男は意外にも明るい口調で、しかし、その男の声は急に震え、


「本当によく今日まで生きてきたな。ゲンクも、私も。とても感謝している。ゲンクにも、そこの彼にも。」


その男は、名も知らぬ1人の兵士である僕のために涙まで流した。


「私の名前はルーヴェン・アルダーと申します。君の名前は?」


「春太って言います!」


今度は恐る恐るではなく、自分の名前を知ってもらいたいような気がした。


「ハルタか。覚えておくよ。」


すかさずゲンクが介入し、


「女みてぇな名前でしょ!」


僕はいよいよ「春太が男の名前で何で悪いんだ!俺は男だよ!!」が出そうになった時、優しい声がした。


「そうかなぁ。私はいい名前だと思うけどね。ファミリーネームはあるのかい?」


「根津です!」


そう答えると、ルーヴェンは少し止まり、


「今君は、ネズと言ったのか?」


「はい。」


ルーヴェンが先ほどまでとは異なる種類の顔をして考え込んだ。ゲンクは、さっきの発言をどこかへ遠ざけるような目で遠くの兵士を眺めていたが、急にこちらを見て、目をビー玉みたいにまんまるにしている。


「ハルタ、少し中で話をしよう。」


そう言ってルーヴェンは、自分のテントに僕を招き入れた。

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WAKKAの中から異世界へ! マシダ総務 @SOMU

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