神聖王国ヴァルコローゼ

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 二週間のあいだ、俺はこの一年間で変わった神聖王国を見せてもらった。


 わかってきた歴史のことは勿論、城の内部も大きく動いていたんだ。


 つい昨日までは閉ざされていた場所やそこにいなかった人が、当たり前のように開かれ存在していることが……すごく不思議で。なんだか眩しくて、誇らしくて……幸せだった。


 地下の部屋に封じられていた呪いは封印具に収め終わり、浄化を待つあいだは第二王弟ラントヴィーが管理するそうだ。


 俺はといえば、目覚めさせてもらったとはいえこの左腕……なんとかして神世の王そのものをやっつけてしまいたかった。


 それにアルが王になったんだ。そのときにどうするのかは――言うまでもない。


 俺のやることは決まっている。そうだよな?


 ――洗面所で旅の衣装に着替えた俺を、リリティアがソファに座って優雅に紅茶を飲みながら迎え入れる。


 まあ、ここ俺の部屋なんだけどな。彼女は俺が眠っていた一年間、ここを使っていたらしい。


 勝手知ったる振る舞いが少し嬉しくもあって、俺は思わず「ふふ」と忍び笑いをこぼした。


「……準備はできたようだな」


 彼女は俺にそう言って、静かにカップを置くとゆっくり立ち上がる。


 大きな蒼い瞳が俺を真っ直ぐに見詰めるので、俺は名残惜しくなるのが嫌で窓に向き直った。


 ――彼女はもう自由だ。自分のために咲いてもらわないとならない。そのために俺は発つんだから。


「うん。しばらくは戻らないと思うけど……そうだ! 手紙書くよ」


 俺はそう口にして……アルシュレイ王を助けてくれていた彼女に精一杯笑いかける。


 そして窓に両手を押し当て、大きく開け放った。


「……斥候として各地を回るあいだ、美味しいお菓子も送る。綺麗な花も……髪飾りだって!」


 窓から吹き込む柔らかな風が……どこからか花の香りを運んでくる。


 蒼い黒髪を撫でていくその風を感じながら、俺は晴れ渡った青空を振り仰ぐ。


 そう。俺は宣言通り、この国に穢れや呪いが生み出されないよう――旅をするんだ。


 神世の王を完全に浄化するためにも情報は欲しかったからさ。


 ――皆には昨日挨拶を済ませた。思い思いに俺を送り出してくれた言葉は、胸に刻んである。


 勿論、彼女にも伝えたけれど――リリティアはただひとり、「そうか」と頷いただけだった。


「――リヒト」


 そのとき、リリティアが小さな声で俺を呼ぶ。


「……ん?」


「――私に、なにか言うことはないか?」


「え……」


 振り返った俺の目の前……凛とした空気を纏う気高き白い薔薇は、唇を尖らせ眉根を寄せて不満そうに俺を見詰めている。


 ――言うことって……。


 リリティアは応えられない俺に向けて「はあ」とため息をこぼすと、紅色のケープを揺らして腕を組む。


「言ったろう? お前は感情がだだ漏れだと。……別にわざわざ手紙やものを送らずともよい方法があろう……わかっているのに口にするつもりはないのか?」


「…………」


 俺は驚いて思わず唇を開きかけ……きゅっと結ぶ。


 ――勿論、その方法を望まないわけじゃない。本当は何度も言いたいと思ったさ。でもそれは君の自由の妨げになるから――。


 ……そのときだった。



 カラーン、カラーン――



 響き渡るその澄んだ音色に、俺ははっとして思わず窓の外を見る。


「これ……聖堂の鐘? どうして……」


 第二片の俺の部屋からじゃ当然見えないけれど――その音がはっきりと聞こえてきたのだ。


 普段は鳴らさない鐘――特別な日に鳴らすもので、今日は祝日でもなんでもないのに。


 するとリリティアが俺の隣に歩み寄り、一緒に窓の外を見た。


「……これは――お前の自由を願うために王が鳴らしている鐘だ。もう一度聞く。私になにか言いたいことはないか、リヒト」


 瞬間、俺は胸のなかに熱いものが込み上げるのを感じた。


 ……アル、お前……!


 俺の親友。新しい神聖王国を支える最高の王。


 ――俺、背中を押されたんだな……。なら、俺のやることなんて決まってる……そうだよな?


「――白薔薇ヴァルコローゼ


 だからもう、自分の気持ちに嘘をつくのはやめた。


 俺は白銀の髪に蒼い瞳を持つ『俺の白薔薇ヴァルコローゼ』に向き直り……片膝を突いて頭を垂れる。


 リリティアはなにも言わず静かに俺の前に立っていてくれて……俺は唇を湿らせ、深呼吸をして……ゆっくりと口にした。


「――君を『出来損ないのリヒトの白薔薇ヴァルコローゼ』から解任する。君は自由だ……誰のためでもなく、自分のために咲いてほしい。――だけど」


 心臓は痛いくらいに鳴り響いて、この音が彼女に聞こえるんじゃないかとひやひやする。


 それでも俺は――再び空気を肺いっぱいに吸い込んで――右手を差し出した。


「君の自由が許すなら、リリティア。俺と――リヒトルディン=ヴァルコローゼと一緒に――見てみないか? 新しい国を、これから」


 少しの間があって……リリティアがくすりと笑ったのが聞こえた。


 そして俺の手に……柔らかな彼女の指先が、手のひらがそっと触れて――。



「……私の自由はお前とともにある、リヒト。その左腕だって、私がいなければ心配だろう?」



 優しく奏でられたその言葉。俺は思わず破顔して――その手を握り返すのだった。


 ~Fin~

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神聖王国ヴァルコローゼ @kanade1122

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