アルシュレイ=ヴァルコローゼ①
******
――一年後。即位式が終わり、新しい王――アルシュレイは玉座のある部屋へとやって来た。
丁度一年前の今日、親友の第五王子が眠りについたことを、彼はまだ鮮明に覚えている。
奇しくもあのときのように夕焼け色に染まる部屋の奥――玉座にゆったりと座す
そしてその隣には……。
「……やあ、
「アルシュレイか。……ほかの者は?」
彼女は紅色のケープをひらりと揺らし、一年前と同じ服で振り返る。
ひとつ違うとすれば、白銀の美しい髪が伸びたことだろうか。
「伝言は頼んだから、すぐ来るさ」
「……そうか」
彼女は「第五王子リヒトルディンのために力になる」とアルシュレイに宣言したのだ。
アルシュレイは彼女に向けて微笑むと、リヒトの前に大胆な動作でどんと腰を下ろす。
「
「そうだな」
アルシュレイはこの一年間を思い返す。彼は駆け抜けてきたつもりだった。全力で。
地下に隔離されていた王族たちを助け出し、彼らのために様々な政策を実行するとともに、開かずの扉を開けて書物を読みあさった。
第二王子ラントヴィーはクルド商会の助けを得ながら呪いや神世の王に関係のありそうな古い書物を集め、解読を進めた。
アンデュラム王が目覚め、筆頭侍女長ユーリィがきっちり仕事をこなす傍らで甲斐甲斐しく面倒を見ているあいだ、政治的な分野では第四王子メルセデスが十二分に力を発揮して国の運営を助けてくれた。
第三王子クルーガロンドはガムルトとともに騎士団の歴史を洗い出し、解決の糸口を探した。
――すべては、第五王子リヒトルディンのために。
「リヒトにとって……この一年は長かったかな」
アルシュレイがぽつりとこぼすと、リリティアは首を振る。
「数百年眠っていた私から言わせれば、あっという間だ。……本当に馬鹿者なんだ、リヒトは」
「同感だよ。僕の親友はいつだって楽観的で――誰よりも真っ直ぐで――大馬鹿者だ」
すると、後方から声が掛かった。
「思い出話に浸るには少し早いんじゃないかな」
やって来たのは第四王子――いや、第四王弟メルセデスだ。
彼は最近掛け始めた細身の眼鏡を外して懐にしまうと、一年前と同じ服の袖を整える。
「……まったくだ」
その後ろ、辺境の騎士の館を訪ね歩くことも多かった第三王弟クルーガロンドが鼻を鳴らす。
「……アルシュレイ王。はしたないですよ」
さらに筆頭侍女長ユーリィがキビキビとした所作でぴしゃりと言うので、アルシュレイは苦笑いして膝に手を置き、ひょいと立ち上がった。
彼女の隣には……優しい顔立ちの前王アンデュラムがいる。
「――全員揃っていたか」
最後にやって来たのは第二王弟ラントヴィーと、部屋の外でほかの者が揃うのを待っていた甲冑の近衛騎士――ガムルトだ。
彼らは皆、一年前と同じ服で集まっていた。
止まった時間を……もう一度動かすために。
「よし、皆。今日は即位式で疲れただろう? でもここからが本番だ。僕たちは今日、最大の『禁忌』に立ち向かう――もう一踏ん張りしてもらうよ」
アルシュレイは両腕を広げて爽やかに微笑むと、急に瞳を鋭く光らせる。
「僕の見立てでは神世の王はまだ浄化されていない。けれどリヒトを起こす方法は見つけた、そのはずだ。上手くいかなければ僕はリヒトを城の地下深くに閉じ込め……二度と出さない。過去に神世の王を封じた神がそうしたように――ね」
だから、と。アルシュレイは右腕を振り抜き、高らかに告げた。
「僕が王として最初に残す功績は、リヒトルディンの救出。失敗はない!」
******
……夢を見ていた。昔々。誰も覚えていないほどの昔。
神世と呼ばれる神様たちがいた時代のこと。
この土地には悪い神様がいて、人々に酷いことをしていたんだ。
ある日、その悪い神様をやっつけるために優しい神様が立ち上がった。
それを手伝ったのは土地に根付いていた白銀の髪に蒼い瞳の一族だ。
けれど彼らは悪い神様を倒せなかった。
その腕を斬り離すことで精一杯――それほど、悪い神様は強かったのだ。
だから白銀の髪に蒼い瞳の一族は悪い神様を封じる器を作り、彼を地下深くに封印することを提案した。
優しい神様はそれを受け入れ、悪い神様の腕から蒼い黒髪に明るい翠の瞳を持つ『器』となる一族を生み出したんだ。
こうして、悪い神様は封印された……。
ところが。
この土地に生きる者から生まれた穢れは形となり、それが寄り集まって呪いとなり始めてしまう。
優しい神様はそれが悪い神様の力だとすぐに気付き、白銀の髪に蒼い瞳をした一族に穢れや呪いが生まれないよう――つまり悪い神様が二度と出てこられないよう――管理することを命じた。
彼らは万が一に備え、蒼い黒髪に明るい翠の瞳を持つ器の一族を王として国を興すことになった――。
……その国の名は……神聖王国ヴァルコローゼ。
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