リヒトルディン=ヴァルコローゼ⑥
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暗い道の奥――監獄へと
当然だ。こんな惨状、誰だって見たくはないよな。
牢屋に囚われた王族たちのことをラントヴィーは察知していたけど……それでも、実際に目の当たりにするのは――つらいだろう。
『神世の王がいても俺たちは気付けないかもしれない』
俺が螺旋状の道を進みながら説明すると、ラントヴィーは頷いて言った。
『俺の術は
『――それなんだけど、リリティアは呪いを取り出したら起きるのかな』
アルシュレイは眠ったままだから……俺は不安に思った。
だけど、彼は俺の背を励ますようにぽんと叩く。
『起きる。アルシュレイの場合、呪いが強すぎてすべてを取り除けなかったと
『……器』
そうか。あのときも今回も、俺しか器がなかったから……。
ラントヴィーに渡したダガーは、彼が封印具を作るのに必要だったのだろう。
……リリティアは、全部考えて俺に託してくれたんだな……。
俺は一度目を閉じて『ふーっ』と息を吐き出し、目を開けた。
なら俺は……その先を考えるよ、リリティア。
『ラントヴィー、集約ってどの程度の範囲に効果が出せる?』
『俺の場合、同じ部屋にいれば確実だ。何故だ?』
『王をどこかに隔離したいんだ。神世の王とはいえ生身の体に入っているから逃げ出せないんじゃないかな。そのまま集約できたらいいと思って』
『……なるほど。扉一枚くらいならなんとかなる。……
『わかった。……着いたぞラントヴィー』
俺は前を指差す。そこに広がっていた光景に、ラントヴィーは口元を押さえた。
彼の顔色は薄暗いなかでもはっきりわかるほど蒼白い。
この光景も、鼻を突く強烈な臭いも、すべてが受け入れがたいのだ。
『……ラントヴィー、いけるか?』
『大丈夫だ――すぐに、取り掛かる』
『……頼む。俺はユーリィを起こしてみるよ。聖域を解いてもらえるかな』
『わかった』
俺はラントヴィーと一緒に墓所へと踏み入り、念のため倒れたユーリィの持ち物を探る。
もう彼女に穢れは残っていないはずだけど、武器でも持っていたら大変だからな。
そうしてなにも持っていないことがわかったので、俺は彼女を背負い通路に移動して壁にもたせかけ、肩を叩いてその名を呼んだ。
「ユーリィ。起きてくれ」
何度か続けるうちに、彼女の瞼が震える。
「……うぅ。リヒトルディン王子……?」
彼女は頭が痛いのか、左手でこめかみを揉んで呟いた。
「うん――大丈夫か?」
「大丈夫か、とは…………っ!」
瞬間、ユーリィは弾かれたように前屈みになって縮こまり、息を呑む。
「ここは……わ、私は……! 王が――」
そのまま怯えたようにあたりを見回す彼女に、俺はゆっくりと告げた。
「大丈夫。もう穢れは取り除いたよ」
「――穢れ……ああ、なんてことを。リヒトルディン王子、
「落ち着いて。大丈夫だ。……大丈夫、だから聞かせてくれ。なにがあったんだ?」
俺はリリティアのことを隠し、彼女に問い掛ける。
ユーリィは深呼吸をして何度か頷くと、少しだけ体を起こして言った。
「……王は私を使って
言われて、俺は自分の浅はかさを思い知った。
ユーリィの前でリリティアの聖域を解かせてしまったことが仇となったのだ。
あのとき俺がもっと慎重に行動していれば――そう悔やんでも、もう遅い。
俺は「は」と短く息を吐き出して、先を促す。
「それで……どうしたんだ?」
すると、彼女は額に手を当ててゆっくりとかぶりを振った。
「……その先の記憶が、ありません。きっと私はリヒトルディン王子のことも口にしてしまったのでしょう。……王は扉を封じる
「……」
俺は自分の眉がぴくりと跳ねたのを、瞼をぎゅっと閉じることで隠した。
――いま、なんて言った? 扉を封じる
そう、そうか。俺はそのことをユーリィに話していなかったんだ――。
それならこれは……王を隔離する絶好の好機じゃないだろうか……?
「ユーリィ……。王はどこにいる?」
俺は答えずに、静かに質問を返す。
ユーリィは聡い。だから……リリティアがいまどうなっているのか伝わったのだろう。
彼女は黒い瞳を見開くと、体を抱くようにして項垂れた。
「……ああ、私はなんてことを……なんてことを! ――王は中央片の玉座で呪いの解放を待っているはずです。封印具は意味を成しません! ……王は、私を嘲笑ったのです……自分を宿せるのは『王族の血を引く者』だけなのだと……!」
「――なんだって?」
「……リヒトルディン王子、つまり神世の王は封印具では浄化できないのです――もう、すべて……すべてが終わりなのです……」
ユーリィは顔を上げず、か細い声でそう言った。
「私はアンデュラム王を助けたかった……けれど、けれどすべてを終わらせてしまったのです……私が、すべて、すべて……」
じわり、と。震える彼女の体から黒い靄が滲む。
――穢れだ。
けれど俺の心はなにひとつ恐れることもなく、不思議と冷静なままだった。
どうしようもないほど膨らんだ負の感情が形となったもの。それが、俺には見えているのだ。
……そのとき、思ったんだ。
穢れや呪いが見えるなら――俺にも集められるんじゃないか? って。
俺は蒼い黒髪に翠色の瞳を持つ、皆と違う容姿の――リリティアが言うには『本来の』王族。
皆は器になることはできないけれど、俺は器になれるのだとリリティアが教えてくれた。
だけどそれは……俺が
リリティアと同じ
「…………ああ」
……そう認識したとき、俺の周りに温かな蒼い光が生まれた。――いや、正確には応えてくれたのだと思う。
「そうか……」
その瞬間、爪先から頭の上までを突き抜けるような閃きに体が震えた。
神世の王は王族の血を引く者でないと宿せない……つまり器である『本来の王族』――俺に宿せば体内で浄化できる――そうだよな?
神世の王が蒼い黒髪に明るい翠の瞳の王族と
神世の王は浄化されてしまう危険性を感じていた――だから王族が『器』として機能しなくなるようにしたかったんだ。
俺のなかですべてが形になっていく。まるで最初から、そのために自分がいるかのように。
俺はすぐにユーリィの前に膝を突き、彼女の肩に左手を置いて笑ってみせた。
「ユーリィ、俺が『出来損ないのリヒト』だって知ってるよな?」
「……え?」
「俺、それでもいいって思うくらいには楽観的なんだ。……でも今回はそうじゃない。彼女が俺を待っているから……『出来損ない』はここで終わりにする」
そろそろと顔を上げたユーリィの黒い瞳が大きく見開かれる。
「……リヒトルディン王子⁉ 瞳が……光って……」
「――うん。わかったんだユーリィ。今回は『なんとかなる』じゃない。必ず『なんとかしてみせる』。絶望なんて必要ない……簡単に諦めるなって教えてくれたのはユーリィじゃないか!」
俺は捲し立ててから「集約」と呟いて、彼女の肩に触れた左手に黒い靄を掻き集めた。
灼熱に焼かれる左腕は気が遠くなるほどの苦痛をもたらしたけど……俺は歯を食い縛って堪え切ってみせる。
いまここで泣き喚くなんて格好悪いだろ。そうだよな?
ユーリィはそんな俺を見て……ぎゅっと唇を歪め、強く目を閉じた。
「…………そうでしたね。私が先に諦めるのは許されません、ね」
そのままゆっくりと俺の手に触れ、ユーリィは続ける。
「私もこの状況の片棒を担いだのです。……最後まで……見届けなくてはなりません。……私の犯してきた罪、その結末を。そして、罰せられなければなりません。悪いことをしたのですから。――そうやって教えてきました」
「……うん」
俺は俺の左手に触れる彼女の手に右手を重ねて、頷いた。
ユーリィは目を開けると困ったように微笑んで……小さくこぼす。
「そのために必ず戻ってくるのですよ。リヒトルディン王子」
「……俺にとってユーリィはきっと……母親みたいなものなんだ。だから、ありがとう」
「――!」
告げると、ユーリィは目を見開く。俺はなにか言い掛ける彼女に首を振って立ち上がった。
ユーリィは、もう大丈夫だ。
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