リヒトルディン=ヴァルコローゼ⑤

 ――俺はソファで水を飲んで呼吸を整え、腫れた瞼をもう一度擦った。


「取り乱してすまない――」


 言うと、リリティアの様子を見ていたラントヴィーが難しい顔のまま「気にするな」と頷いてくれる。


 ラントヴィーの部屋にリリティアを寝かせ、俺はクルーガロンドに頼んでメルセデスとガムルトを呼んでもらった。


 ガムルト以外の騎士には外で待機を命じ、ここで起きたことを口外しないよう告げる。


 慌ててやってきた俺の護衛のガムルトは眠るリリティアに視線を向けてガチャリと肩を跳ねさせたが、すぐに俺に頷いてくれた。


「――自分にご指示がお有りですか、リヒトルディン王子」


 どうして俺がここにいるのか……それさえも聞かないでいてくれるのはありがたい。


「ああ。俺の部屋、扉の前でぴったり見張っていてくれ。誰ひとり通すな。……これ、部屋の鍵だ。少しでも異変があったらクルーガロンドを呼んで中に」


 部屋の中にはアルが眠っている。万が一にも彼が狙われるのは避けなければならない。


「お任せください」


 胸に右の拳を当てる騎士に、こんな形でリリティアを見せなくてはならないのはつらかった。


「……彼女が起きたら、ちゃんと紹介するよ。ガムルト」


「――はい。お待ちしております」


 俺はガムルトの甲冑を軽くコツンと叩いて、彼を俺の部屋に戻す。


 ……今度はこっちだ。俺は仏頂面でそこにいる第三王子に向き直った。


「クルーガロンド、すまない……ありがとう」


「ふん……そりゃあ構わないが――こいつはなんだ?」


 腕を組んで鼻を鳴らすクルーガロンドに、メルセデスがかぶりを振る。


「クルーガ、詳細はこのあと僕から話す。……リヒト、君の部屋のことも伝えておくよ……なんならクルーガに部屋で待機してもらおう。それで、なにがあったんだ?」


 クルーガロンドはむっとした顔をしたけど、そのまま黙ってくれた。


 俺は地下の墓所でユーリィに会ったこと、彼女が穢れた状態だったことを話し、自分の左腕をぎゅっと握る。


 紅色の手袋は俺の肘よりも上まで伸び、呪いの進行を如実に表していた。


「リリティアが……俺の呪いを半分肩代わりしてくれたんだ。彼女はラントヴィーにダガーを渡せって言った。ラントヴィー……なんとかできるだろ、そうだよな?」


 まだ少し、声が震える。そんな俺にラントヴィーは頷いた。


「これと同じものを作れと言うんだろう? ……昨日、白薔薇ヴァルコローゼからやり方は聞いている。見本があるのなら話は早い。しかし、筆頭侍女長のことを考えると、王には俺たちのことが伝わった可能性が高いな」


「……ユーリィが裏切って話したのかもね」


 メルセデスが瞳を伏せる。けれど、ラントヴィーは首を振った。


「それならば筆頭侍女長を使って騙したままにするほうが効率が良さそうなものだ」


「……そう願うよ。……とりあえずリヒト。彼女は僕が見ておくから安心して行って。聖域があれば隠れられるはずでしょ? ……ラントヴィー、リヒトをお願い。クルーガは僕の話を聞いたら移動して」


 言いながら、メルセデスが意識のないリリティアの額の汗を柔らかい布で拭う。


「……ありがとう……すまない、こんなことになって」


 俺が言うと、メルセデスはふっと鼻先で笑った。


「君がそんな酷い顔していたらクルーガも断れないよね」


「うるせぇぞメルセデス。おいリヒト。よくわからないがわかった。こっちは引き受けてやる」


 俺は頼もしい言葉に頷いて立ち上がった。


「ラントヴィー、聖域を頼むよ」


「わかっている。……祝福を、ここに」


 彼の瞳が光ると、クルーガロンドがぎょっとして体を引いた。


 その周りを蒼い光が包み込み、散っていく。


「これで俺たちは『隠れた』。それから『見える』はずだ」


 ラントヴィーが言って、メルセデスが頷く。


 ――ユーリィには俺たちが見えていた。


 だから、墓所では神世の王の術はリリティアの術より強かったのかもしれない――。


 だとすると、神世の王が墓所で隠れてしまったら見つけられない可能性がある。


 どうにかして『見える』まま隔離しないとならないかもしれない。


 ……俺はリリティアの近くに寄ると、その頬に右手で触れた。


「待っていてくれ、リリティア……必ず助けるから」


 高熱で滲む汗……痛みもあるのかもしれない。彼女は酷くつらそうな顔をしていた。


 伝わる熱と両腕の腐臭が……俺の心を締め付ける。


「行こうリヒトルディン」


「うん。……それじゃあ行ってくる」


 ラントヴィーと一緒に、俺は再びアルシュレイの部屋から地下へと潜った。

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