リヒトルディン=ヴァルコローゼ⑦
踵を返してラントヴィーのところに戻ると、彼は俺を見ずに言った。
「そちらは問題はないようだな。……リヒトルディン、いくつか形にはできた。だがおそらく、まだ足りない――」
「どうやるんだ、教えて。……それと、頼みがある」
ラントヴィーは煌々と光る蒼い瞳を俺に向けた。
「教えろだと? む……お前、その眼は……」
「うん。やれるよ、いまなら。……なんならこの城、全部聖域にできそうだ!」
偉そうなことを言ってみせると、ラントヴィーは思わずといった様子でふ、と笑う。
「お前が言うと本当になんでも簡単そうに思える――いいか、使うのは骨だ。祝福で包み込むようにして形を整えろ」
「……わかった。任せて――」
ラントヴィーはさっそく取り掛かった俺を見て一瞬だけ眉を動かし……前を向いた。
――なにも言われないのは、ちゃんとできている証拠だろう。
そしてゆっくりした瞬きを挟んでから、彼は静かに聞いてくる。
「それで……頼みとはなんだ」
「うん。ラントヴィーの命、ちょっと貸してほしいなと思って」
「…………」
ラントヴィーは今度こそ呆れたような顔をして――いや、実際呆れていたんだろう――「説明しろ」とため息をついた。
******
神世の王が穢れや呪いを形にする『元凶』だというなら……聖なる力を形にする『
例えば
誰かに付け入る機会が再びなければ、消えてしまうのではないだろうか。
だからこそ、神世の王は恐れているのだ。
彼女が呪われたことを察知しているはずなのに、とどめを刺すでもなく玉座で高みの見物をしているのは――そこが一番安全だと思っているからだろう。
そしてそれは、俺にとって絶好の好機。
だから――千載一遇の瞬間を逃してはならない
俺はすぐに準備に取りかかるべく、ラントヴィーと一緒に部屋に戻った。
「リヒト! どうだった?」
戻った俺たちにメルセデスが聞いてくる。
「大丈夫。うまくいくよ、全部」
俺は頷きを返し、脂汗を浮かべて眉根を寄せ、荒い息遣いで眠るリリティアの前髪をそっと梳いた。
「ほ、本当? ……よかった」
「それで、まずどうする」
ほっと胸をなで下ろすメルセデスを横目にラントヴィーが聞いてくる。
俺は作った封印具に視線を移して言った。
「――俺たちの王になる存在、アルシュレイを起こす。それからラントヴィーには俺の代わりにアルと命を繋いで地下の扉を塞ぐ糧になってもらう。……リリティアはそのあいだもう少しこのまま待ってもらうことになる」
その言葉にラントヴィーの眉がピクリと跳ねた。
メルセデスも眉間に皺を寄せて訝しげな顔をする。
まあ……当然の反応だけれど。
「リリティアが呪われたこと……神世の王は気付いていると思うんだ。だからギリギリまで勘違いさせないとならない。――本当は起こしてあげたいんだ、だけど……」
胸が痛い。
彼女を苦しめたままで動かなきゃならないんだ、そんなの本当は嫌だ。
でもきっと――白薔薇たる彼女はその理由を受け入れてくれる。
「――君の覚悟はわかった。それじゃアルシュレイのところに行こう」
最初にそう言ってくれたのはメルセデスだった。
思わず彼を見ると、メルセデスは双眸を眇めてさっさと封印具を抱える。
「なに、その顔は。僕はリヒトじゃないけど、君がやれるって言うならやれるんだって思うくらいには楽観視できているけど?」
「メルセデス……うん。ありがとう」
俺は胸が熱くなるのを感じながら……眠るリリティアを抱き上げた。
******
アルシュレイは規則正しい寝息をこぼし、紫色をした棘に絡みつかれたような痣を体に宿して眠っていた。
戻ってきた俺たちに部屋を守っていたガムルトが頭を垂れて扉を開け、クルーガロンドが黙ったまま迎え入れてくれて、俺はリリティアをソファに降ろすとすぐにベッドへと向き直った。
「……お待たせ、アル」
思えば俺の願いはアルを助けることだったよな。
不思議なことに、口にしていれば本当になんとかなるものだと思う。
――王になるのはアルだ。
俺がやろうとしていることを知ったら、アルは怒るかもしれない。
それでも俺は君を助ける。君が――王になるんだ、アルシュレイ。
俺は封印具を手にアルシュレイのそばに立ち、すっと息を吸った。
「――ラントヴィー」
「ああ。始めよう」
『――集約』
俺とラントヴィーの声が重なり、蒼い光が灯る。
「リヒト……
覗き込んでいたメルセデスが眼を瞠るのに少しだけ微笑んで、俺は意識を集中した。
アルシュレイから滲み出す呪いがズズッ、と蠢き、半身からぶわりと溢れ出す。
いまはアルに残った呪いを取り除くだけでいい。
それだけなら難しいことじゃなく、俺とラントヴィーは次々と満たされてしまう封印具を変えながら術を使い続けた。
――そして。
最後の
「……これで……全部ッ……!」
俺はありったけの気持ちを込めてそう言って――ぶはっと息を吐き出した。
「終わったのか⁉」
いい加減、黙っていられなくなったのだろう。
身を乗り出したクルーガロンドに、ラントヴィーが長い前髪をかき上げて頷く。
「呪いは取り除かれた。もう問題ないだろう」
「……じゃあ……アルシュレイは起きるの?」
ごくり、と喉を鳴らしメルセデスが問う。それには俺が頷いてみせた。
「うん――きっともう、大丈夫。大丈夫だ……ああ……」
瞬間、俺は崩れるようにアルの眠るベッド脇に膝を突き、唇を噛んだ。
込み上げてくるものが堪えきれず、頬を転げ落ちる雫がベッドに落ちて染みていく。
もう大丈夫。アルシュレイは助かった、助かったんだ……。
「アルシュレイ――俺……」
ごめん、とか。ありがとう、とか。
たくさんの思いが胸を締め付ける。
ずっと『出来損ないのリヒト』だった俺を一番近くで見守ってくれた親友。
ちょっと約束とは違うかもしれないけれど、俺はアルを陰で支え、役に立ちたい――そう思っているよ、いまも、これからも。
それから俺、もうひとつ……やりたいことができたんだ。
ずっとひとり、この国を守っていてくれた白い薔薇――彼女を自由に咲かせてあげたいんだ。
だから。俺が選ぶこの方法を――君が後押ししてくれると信じているからな、アル。
「――リリティアを、頼む……アルシュレイ」
俺はこぼれる雫を拭って彼に笑うと――足に力を込め、立ち上がった。
「ラントヴィー、あとは手筈どおりだ。すぐに動こう!」
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