ガムルト④
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クルド商会は王都の商流を握る大きな組織である。
物価を安定させているのはこの商会の力であり『王都で売るならクルドを通せ』とまで言われていた。
俺は商売に詳しくないからどんなことが行われているのかよくわからないけど、あらゆる品においてどの程度が適正価格なのかをまとめていたりもするらしい。
すごいよな、王都が賑やかなのにも一役買っているってことだしさ。
俺は商人に交ざって堂々と中に入り、受付らしいところへ向かう。
建物は古い石造りで、大きく弧を描いた天井には白い薔薇が描かれていた。
人が多く、商談も行われているのかもしれない。
『リヒト……正面から行くつもりか?』
リリティアはそわそわしているようだけど、当たり前だ。
ガムルトにいたっては緊張しているのか表情も動きも硬い。
「第二王子ラントヴィーが来ているはず。第五王子リヒトルディンが会いにきたって伝えてほしい。話し中なら待たせてもらえないかな」
俺は受付でそう告げて、様子を窺った。
怪訝そうにした受付の男性は「お待ちください」と落ち着いた柔らかな声で言って席を外す。
俺の顔を間近で見てわかる人なんてそうはいない。不信に思われているのは間違いないけど、声音に出さないのは評価が高い。感情は声に出るって言うしな。
待っていると、受付の男性が戻ってきて案内してくれた。
「こちらの部屋でお待ちください」
――通されたのは客室のようだ。
高そうな翡翠の壷が、扉の横や棚の上にでんと置かれ、黒い革張りのソファとよく磨かれたテーブルがある。
「すんなり通していただけましたね……」
「本当に王子かどうかわからないから対応に困っているだけだと思うけどな。……ガムルト、こっちだ」
ガムルトが言いながら扉の横に陣取ろうとするので、俺は引っ張って一緒にソファに座った。
「り、リヒトルディン王子、自分は任務中ですので……」
「ひとりだけ立たせているのは俺の肩身が狭いからさ」
「なにを仰いますか! 貴方の肩幅は、それはそれは広いはずです! 自分は貴方の護衛ですから、こんなところを見られたら首にされるかもしれません!」
リリティアはそれを見て『肩幅は違うのではないか?』と笑いながら、俺の左側にそっと腰掛ける。
彼女はフードを取っていて、白銀の横髪を摘まんでは引きながら俺を横目で見上げた。
『……リヒト。その、さっきの話だが……いったいどういうつもりだ?』
ちら、と目を合わせると、彼女は困ったように口角と眉尻を下げる。
うーん。話したいのは山々なんだけど、ガムルトがいるしな。
俺は頬を掻いて口を開いた。
「……ガムルト。これは独り言なんだけど。……この先のことはあとでちゃんと話そう」
すると、ガムルトが隣でびくりと肩を跳ねさせ、振り返る。
「自分を首にするおつもりですか⁉」
『お前……独り言は宣言するものではないぞ……。ふふ、まあいい。わかったリヒト』
俺がふふと笑うと、ガムルトは顎髭擦りながら「否定してください」と悲痛な声を上げた。
ガムルトとは本当に仲良くなれそうだ。いつかちゃんとリリティアを紹介してやりたいな。
……そんな感じで時折ガムルトと話しながら、かなり長い時間を待ったかもしれない。
ようやくコンコンとノックが聞こえた。
瞬時にガムルトが反応し、彼はさっとソファの横に立ってマントの下で武器に触れる。
『ほう、なかなか良い反応だ』
リリティアが称賛し、俺も胸のなかで密かに同意する。
「どうぞ」
俺が言うと、静かに扉が開き――。
――ガチャリ、と……甲冑が入ってきた。
「……! エマン!」
「……! ガムルト!」
顔を合わせた瞬間、ガムルトと甲冑のふたりは殆ど同時に声を上げて構えを解く。
……ん、甲冑を着ているのに誰かわかるのか? すごいなガムルト……。
「リヒトルディン王子、失礼いたしました。彼女は近衛騎士エマン。ラントヴィー王子の護衛任務中です」
すぐさまガムルトが甲冑を紹介してくれて――女性なんだな――彼女は慌てて兜を取った。
流れ出る結われた黒髪と、きりりとした薄蒼い瞳。
前髪は眉より上で真っ直ぐに切り揃えてあり、なんというか溌溂とした印象だ。
俺よりは年上……たぶん三十前後だろう。
「リヒトルディン王子、突然のご無礼をお許しください。エマンと申します! 重ねて、あのときは申し訳ありませんでした!」
「……ん? あのとき?」
思わず聞き返すと、ガムルトが苦笑した。
「クルーガロンド王子に殴られたときのことでしょう」
「ああ……そういえばラントヴィー、いなくなってたよな……」
エマンという騎士も一緒に移動していたはずだ。
彼女は右の拳を胸に当て、深く頭を垂れると応えた。
「はい。あのときはラントヴィー王子を庇ってご自分が殴られるなど……お見それ致しました」
「……いや。殴られるつもりはなかったんだけどさ……」
ガムルトにも言った気がするな。
隣でリリティアがくすくすと笑っている。
「リヒトルディン王子が訪ねてくるとは聞いておりませんでしたので、私がラントヴィー王子の命令で確認に参りました」
エマンはそう言うと、兜を被り直す。
「本当にリヒトルディン王子だった場合は、言伝を預かっております」
「言伝? ラントヴィー本人はどうしたんだ?」
「帰られました」
「ちょっ、なんだって?」
「ご安心ください。ラントヴィー王子を城までお送りし、私だけ戻った次第です」
「いやラントヴィーの心配はしてないんだけど……あいつ、本当にもう……!」
それで長い時間待たされていたってわけか。
憤慨する俺に、ガムルトが苦笑している。
リリティアも肩を竦めて『仕方ない、連絡もなしに乗り込んできたからな』と言った。
「……やられたな……それで、言伝って?」
「食事会のあと、部屋で待っていると」
「……!」
俺はエマンの返答に唇を引き結び、腕を組んだ。
俺が訪ねた理由がアルシュレイのことだっていうのは、わかっているはずだしな。
――罠、かもしれない。それでも行かないという選択肢はなかった。
「わかった。お茶でも用意しておいてほしいって伝えて。ありがとう、エマン。……ガムルト、付き合わせてすまなかった。戻ろう」
「いえ、自分はなにも……」
ガムルトが驚いて首を竦めると、エマンがガチャリと鎧を鳴らした。
「それともうひとつ。本物のリヒトルディン王子でしたら馬車でお連れするようにとのこと。ラントヴィー王子の馬車が残っておりますので、そちらで城までお送りいたします」
『ほう、商会の馬車を借りて城に戻ったか。なかなか慎重な性格だな』
リリティアが感心したようにこぼす。
俺は「はあ」とため息をついて、立ち上がった。
なんとかなると思ったのにな。まぁ、こんなこともあるか。
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