ガムルト③


******


 だから……というのも変だけど、俺は王都の裏路地に精通していたりする。


 第二王子ラントヴィーがいるはずのクルド商会は城から少し距離があるので、せっかくだから王都の状況も確認しようと思った俺は裏路地を行くことにした。


 そのため一度部屋に戻って王子とはわからないように服を替え、紺のマントを纏う。


 ……アルが眠っているのにも見慣れてきたけど……早く起こしてやりたいな。


 とりあえずアルを呪った『首謀者』を見つけ出して安全の確保。それから呪いをなんとかすればいい。


 呪いの話をしたらアルはどんな顔をするだろう。


 ……そういうわけで、さすがに甲冑は困るから待機していてほしいと騎士に伝えたら「護衛は任務なので困ります、少しだけ時間をください」なんて言って律義に甲冑を脱いできたので、彼も一緒だ。


 中身は三十代前半の爽やかな男性で、国の南部に住む民に多い茶の髪と瞳をしていた。


 髪は耳に掛からない程度に短く、顎の下にはきっちりと整えられた髭があるんだけど清潔感も十分……うん。もてそうだ。


 しかも騎士団の団服ではなく、動きやすそうな生成りのチュニックに濃い茶色のベルト、ゆったりめの黒パンツで、ベルトと同じ色のマントを羽織ってきたのは素晴らしい。


 騎士の剣は装備しているけど、マントに隠れるから大丈夫だろう。


「どうでしょうか? 目立たないようにはしたつもりですが」


「完璧だと思うよ」


『ふ、変わった奴だな』


 リリティアが言うので、同じように思っていた俺はふふと笑って出発した。


 この騎士とは仲良くなれそうな気がするな。


 ――町や村を繋ぐ街道には盗賊や獣が出るため、往き来する商人やその護衛となる傭兵は武器を持っている。彼らの警戒度から街道の様子もある程度予測可能だ。街道の危険を排除するのも騎士団の仕事であり、調査には斥候が必要となる場合もある。


 俺は王都を歩く人々の様子を見ながら、目当ての路地に逸れた。


「……そういえば、名前は?」


 ふと聞くと、騎士は胸にドンと右の拳を当てる。


「は。ガムルトです、リヒトルディン王子」


 ――あー。うん。


「……そんな動きと言動は目立つから気を付けてほしいな」


 俺が肩を落として告げると、ガムルトははっとして頭を下げた。


「も、申し訳ありません!」


「……うーん……」


『……ガムルト……? ふむ。家名はラムザだったりしないか?』


 そこでリリティアが聞くので、俺はガムルトへの指摘を諦めて口を開いた。


「ガムルトって、家名はラムザだったりするか?」 


 ちなみに、名前は固有名と家名で表され、俺の家名は『ヴァルコローゼ』である。


「は……! ど、どうしてそれを?」


『やはりか。長く騎士顧問を務める家柄なんだリヒト。跡継ぎの長男が代々ガムルト=ラムザという名でな……この時代まで続いていたのだな?』


 へえ、そうなのか。


 俺は全然知らなかったけど……クルーガロンドなら詳しいかもしれない。


 だとすると父親も息子もガムルト=ラムザって場合もあるよな。ややこしそうだ……。


 俺はぼんやりと思いながら口にした。


「えーと、長く騎士顧問を務める家柄……なんだよな? 長男がガムルトになるっていう……」


「! そんなことまでご存知とは……かなり昔、ユルクシュトル王の時代のことですよ? その頃に自分の一族は王から離れてしまいましたが……リヒトルディン王子は歴史にも精通しておられたのですね」


「えっ? あ、いや……」


「――リヒトルディン王子」


 すると、ガムルトが突然立ち止まった。


「……とりあえずリヒトって呼んでくれると助かる。どうした?」


 咄嗟に身構えると、彼は慌てて首を振った。


 なにかを決意した茶色い瞳が、真っ直ぐ俺を見ている。


「も、申し訳ありません! ――ただ、どうしても貴方には聞いていただきたいことが」


『……ふむ?』


 リリティアも立ち止まり、彼を振り仰ぐ。フードの下、白銀の髪が揺れた。


「実は――ラムザ家には古い絵画があるのです。それは彼(か)のユルクシュトル王が王子のときに描かれたもの……。自分が貴方を『出来損ない』などとは思わない理由のひとつです」


『……第一王子ユルクシュトルの絵画だと? ……まさかあのときの……』


 リリティアがこぼしたのが聞こえて、俺は思わず彼女を見る。


「描かれた彼の王は――蒼い黒髪に明るい翠の瞳で……貴方に似た優しいお顔立ちをしておられます。つまり貴方のような髪色と瞳こそ、その時代の王だったのです」


 ガムルトの言葉は聞こえていたけれど、俺は応えられなかった。


 リリティアが俺を見て双眸を眇め、苦しそうに言ったんだ。


『私が贄となるひと月ほど前、第一王子ユルクシュトルは絵師を招いたんだ』


「――ユルクシュトル王はそれはそれは幸せそうに微笑まれていて――その隣には」


『……この先のために、いまを残したい……そう言っていた』


 リリティアがケープをきつく掻き寄せる。


 彼女の瞳がつらそうに揺らぐのを見て、俺は……ぎゅっと紅色の手袋を上から握った。


 どうしてかはわからない。でも。苦しい――と思ったんだ。


「――白銀の髪に蒼い瞳をした美しい女性が描かれております。……それが白薔薇ヴァルコローゼの女神であり、彼女の『喪失』によって王が変わられたとラムザ家には伝わっているのです」


 リリティア――。


『私の喪失によって変わった……か。あの絵を描かせたとき、ユルクシュトルは私を贄にすることを決めていたのだろうな。ふ……浮かれていた自分が情けない』


 リリティアが肩を落とす。


 俺は自分の左手を握ったまま、なにも言えずにいた。


「どうしてその絵画がラムザ家にあるのかはわかりません。けれど自分は再び騎士の道を選び、貴方のような方に仕えることを心から誇りに思っています。……貴方は間違いなく王族。『出来損ない』などではありません」


「……そうか」


 俺が頷くと、ガムルトはきゅっと唇を結んで俺を窺うような素振りを見せた。


 話して良かったのだろうか、と……不安に思っているのだろう。


 だけど、聞いて良かった。はっきりと見えたからだ。俺がなにをしたいのか。


 漠然と思っていたんだよな、アルシュレイが王になったら自分はそれを影で支えようって。


 斥候で得た情報をアルシュレイに渡そうって……それだけ。


 その情報をどんなふうに使ってほしいのかなんて考えてこなかったんだ。


 ……でも。話を聞いて思った。


 リリティアが一番の犠牲者なのに、どうして過去を背負わなければいけないんだ……ってさ。


 見ていれば……聞いていればわかる。


 リリティアは――第一王子ユルクシュトルを心から信じていた……信頼を寄せていたんだ。


 それなのに、こんな状況の彼女をこれ以上苦しめたくない。


 だからいま、決めた。ユルクシュトル王が残した負の遺産を引き継ぐべきなのは彼女じゃない。


 それを引き継いで背負うのは――。


「ガムルト、ひとつだけ知っていてほしい」


「は」


「――白薔薇ヴァルコローゼだ」


「……は?」


「ユルクシュトル王が王であるように、彼女は白薔薇ヴァルコローゼだ。女神なんかじゃない」


「……女神では、ない?」


「そう。……ありがとうガムルト。なんかこう、はっきり俺の道が見えたよ」


「は……」


 俺は息を吸って――彼女を見た。


白薔薇ヴァルコローゼ。俺はアルシュレイが王になったそのとき、君を自由にする」


 リリティアが、はっと顔を上げる。


 ガムルトが疑問符を顔一杯に浮かべるけど、俺はその肩をぽんと叩いて踵を返し、再び路地を踏み締める。


 太陽はかなり傾いていて、急がないとラントヴィーが帰ってしまうかもしれない。


「誰がアルシュレイを襲ったのか――はっきりさせよう。急ぐぞ」


 俺がユルクシュトル王に似ているなら、俺は『出来損ないのリヒト』でいい。それこそ褒め言葉だろ、そうだよな?


 だけど、リリティアは『白薔薇ヴァルコローゼ』から解放されなくちゃいけない。


 ――自由に、自分のために咲くべきだ。

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