ガムルト②
******
「……おーい、ラントヴィー、いるか?」
第一片にある第二王子ラントヴィーの部屋を訪ねるが、返事はなかった。
居留守かもしれないけどな。
困り果てていると、後ろにいた騎士がガチャリと鎧を鳴らす。
「恐縮ですがリヒトルディン王子。護衛の騎士がいないので出掛けられていると思います……」
「ああ、なるほど!」
『なるほど』
俺とリリティアがぽんと手を打つと、彼はガチャッとあたりを見回してから声を潜めた。
その音が人目を引きそうなものだけどな。
「たぶんこの時間でしたら、ラントヴィー王子はクルド商会です」
「クルド商会? ……王都の商流を握る商会か」
聞き返すと、騎士は大仰に頷いた。
「ラントヴィー王子は商会と繋がりを持ち、各地の作物状況や物品の流れに気を配っておられます。珍しい書物にもご興味がお有りで集めておられますよ」
「そうなのか。……よし、行ってみよう」
『行ってみようって……そう簡単にいくのか?』
リリティアが呆れたように言うけど、大丈夫。なんとかなるさきっと。
俺はさっさと歩き出しながら騎士に話し掛けた。
「騎士のあいだで王子たちの様子ってよく噂になっているよな。誰と誰がどうしていたとか」
アルシュレイに提供する必要もあり、俺はそういう噂を集めている。
けれど騎士はあからさまに仰け反った。
言ってから気が付いたけど、王子からそんな話をされたら困るかもしれないな。
「……そ、そうですね。ご存知でしたか。どの王子がどの分野に秀でているかはよく話題になります。例えばメルセデス王子は勉学に励まれており、その膨大な知識は政治を取り仕切る者たちから支持されております。クルーガロンド王子は武術に秀でておられ、その真っ直ぐな姿勢は巡回騎士、上流騎士を含め多くの騎士から支持されております。少々血気盛んではございますが、それも人気ですね」
『血気盛んが人気だと……どうなっているんだこの騎士団は』
リリティアが肩を落とし呆れた声で反芻する。
すると騎士は流れるように続きを口にした。
「しかし今日は名実ともにリヒトルディン王子が『出来損ない』の汚名返上――ごほん」
あー……。
わざとらしい咳払いで発した言葉を隠そうとする騎士に、リリティアが眉を寄せて俺を見た。
『リヒト。騎士までお前を嘲笑っているのか?』
俺は肩を竦めて騎士を振り返る。
「『出来損ないのリヒト』は汚名じゃないと思っているから構わないよ。続けてくれるか?」
「もっ、申し訳ありませんッ! その、弁解をさせていただけるのであれば聞いてください! わ、我々近衛騎士には第五王子リヒトルディン=ヴァルコローゼを敬愛する者が多いのです!」
「……ん?」
『……ん?』
俺とリリティアの声が重なる。
「実は、その……アルシュレイ王子と手合わせをされているのを、我々はこっそり拝見させていただいております。アルシュレイ王子は絶大な人気を誇るのですが、そのときのリヒトルディン王子を褒め称える声も相当なものでして……。普段はほかの王子を立てつつ文句も言わずに笑っておられる謙虚さに胸を熱くする者も多く……」
『…………ほう』
リリティアが白銀の横髪をちょんと引っ張りながら、笑みを浮かべる。
俺は紅色の手袋が嵌まった左手で目元を覆い、ため息を付いた。
えぇと。俺、そんなふうに見られていたのか? 全然知らなかったな……。
「ですから今回の護衛任務も倍率が高く、自分がくじで勝ち取ったものなのです。ラントヴィー王子を庇って殴られるその気概にも本当に胸を打たれました!」
「ん、いや……殴られるつもりはなかったけどさ……」
「その気さくな話し方も、平民出身の騎士たちから支持されております」
「あー、そうなんだ……」
『心配したが……徒労だったようだな』
リリティアが『ふぅ』とため息をこぼす。
『ところでリヒト、お前はなにを学んでいるんだ?』
うーん。この分だと騎士にどう伝わっているのか怪しいところだ。
確かに、ちょっと聞いてみたいなと思う。
「……ちなみに聞くけど、ラントヴィーは商流、メルセデスは政治、クルーガロンドは武術として……アルシュレイは言わずもがな。――俺は?」
口にすると、彼は大きく頷いた。
「ご存知かとは思いますが、王都民はリヒトルディン王子を好意的に見ております。民たちに一番寄り添う存在です」
『……それは学びとは言わないのでは……』
リリティアがこぼすので、俺は唸った。
「い、一応伝えておくけど……俺、ただ王都に行っているわけじゃないよ。俺が学んでいるのは斥候術なんだ。アルシュレイが王になったとき、影から支えようと思ってさ」
言ってから、俺は斥候についてを語った。
……斥候は、偵察、戦闘、追跡から成る。
戦争はもうずっと起こっていないけど、斥候が動くのはなにも戦争に限ったことではないんだ。例えば王都の民たちの様子、辺境の村の様子、他国の状況……そういうのは王に必要な『情報』であって、なにかを判断する材料になる。
不穏分子があればその調査と排除も必要だろう。
必要あれば自ら奇襲を仕掛けるような戦闘だってそうだ。
「……王子自ら斥候、ですか……?」
聞いてきた騎士に、俺は頷く。
「俺はこの通りほかの王族とは違う外見だしさ。個人的には向いているんじゃないかって思うんだ。王族としてしか聞き出せないこともあるだろうし。万が一捕まったとして、『出来損ない』だし価値は低いから心配もない」
騎士の噂通り、ほかの王子たちが内部の補助をしてくれるだろうしな。
「……リヒトルディン王子……」
『おいリヒト。馬鹿を言うな。そんな斥候があるか!』
俺はふたりが明らかに戸惑ったのを見て、慌てて付け加えた。
「あ、いや。なにも犠牲になってもいいとかそんな話じゃないさ。勿論そこは真面目に学ぶし――そうはならない。約束する」
まあ、まだ見習いも見習い。王都より先に出たことはそんなにないんだけどさ。
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