メルセデス②
「……ありがとう。入って」
俺の部屋なのにメルセデスが勝手に返事をして、侍女によって食事が運び込まれるけど――当然、俺とメルセデスのふたり分しかない。
どうしようかな……。
思わずリリティアを見ると、彼女はごくりと唾を飲み込んでから首を振った。
『――私はあとでいい、なんとかする』
……まあそれしかないか。じゃあ……。
「俺たくさん食べたいからさ、あともう一食分くらい運んでもらえるかな?」
俺は準備を終えて下がろうとする侍女に告げる。
侍女は「かしこまりました」と深々頭を下げて部屋を出ていった。
メルセデスが呆れた顔をしたけど仕方がないよな。
甘んじて受けることにすると、リリティアがくすくすと笑った。
『大食いだと思われておろうな』
……リリティアのためなのに、
「……えーと、それで?」
とりあえず食事を始めて聞くと、パンを千切りながらメルセデスが言った。
「昨日の話をしにきたんだ。よく聞いてねリヒト。君の水差しに『睡眠薬』が仕込まれていた」
「ああ、うん」
そういえばそうだったな。
「『ああ、うん』じゃないよ……それだけで君が犯人じゃないとも言わないけど、少なくとも君が騒ぎに気付かなかった理由にはなる」
メルセデスはそう言って、再びパンを千切る。
「侍女が悲鳴を上げながら第二片に来たとき、僕やクルーガはすぐに扉を開けた。第一片までは一本道だし、少なくともアルシュレイの部屋に着くまでに君を見ていないから……それはアルシュレイのそばにいたのが君じゃないという理由になる。第三片と第四片を通る逆回りは巡回の騎士がいたからできなかったはずだしね。――どこか秘密の場所でもあって、君がそこに隠れていたとしたら別だけど」
う……。
渋い顔をした俺をリリティアがものすごい形相で睨む。
俺は彼女から目を反らして茹でた卵を口にした。……塩味が利いていて美味しい。
「それでリヒト。君がもしも犯人じゃないとして……聞かせてほしい。アルシュレイはどうしていると思う?」
「んぐ……」
『ほう。ずいぶん真っ向から来たな』
リリティアは自分の膝の上で頬杖を突くと、面白そうに笑みを浮かべる。
俺はなんとか卵を飲み下し、ベッドに静かに横たわるアルシュレイを見て……唇を噛んだ。
「……少なくともアルはなにかに巻き込まれたんだよ。じゃなかったら侍女があんなことすると思うか? あれは混乱していたとか、そんなんじゃ説明できない」
「ふうん。まあ確かに目を覚ました侍女はなにも覚えていないって話しているそうだけどね。でも何故そう思ったのか聞かせてくれる? そもそも『アルシュレイがなにかした』とは思わないの?」
「思わない」
俺はきっぱりと言い切った。
勿論、目の前で眠り続けている当の本人と、その隣で不敵な笑みを浮かべる
けれどもし、ここにアルがいなかったとしても――俺は否定した。それは絶対に絶対だ。
「アルは誰かを傷付ける奴じゃない。侍女にあんなことさせるような奴でもない。『出来損ないのリヒト』にも優しくできるような善人だってことは理由にならないのか?」
俺が言うと、メルセデスは少し間を置いてから優雅な所作で水を飲み――「ふう」と爽やかな吐息をこぼして――笑った。
「ならよかった。……そうなると、やっぱり気になるのは第二王子ラントヴィーだね」
「……え?」
『――ふむ。昨日は部屋に籠もっていたあの……暗そうな者だな?』
「くら……ラントヴィー?」
俺は「暗いってなんだよ」と言い掛けたのを呑み込んで誤魔化し、矢継ぎ早に続けた。
「えぇと。つまりアルがいなくなって誰が一番得をするかって考えれば、第二王子ラントヴィーが怪しいってことだよな?」
どうやら満足いく答えだったらしい。メルセデスは真面目な顔で大きく頷いてみせる。
「わかっているじゃないか。……しかも彼なら、僕たちには見られず自分の部屋に隠れることは可能だ」
「え、いや……それはないだろ。アルの部屋には内側から鍵が掛かっていて、家具で塞がれてたんだよな? どうやって自分の部屋に?」
――だって扉を塞いだのは俺なんだから。
「ラントヴィーの部屋は隣だよ。アルシュレイの部屋から――例えばバルコニーを伝って移動することができるかもしれない。部屋が綺麗だったのも、アルシュレイが血塗れっていうのがそもそも誇張された証言だったとしたらどうかな。アルシュレイをどこかに隠す方法もあるかもしれないよ」
『――真実を知っているから違うとわかるが……なるほど、なかなかの洞察ではないか?』
リリティアは尚も笑みを浮かべたまま頷いてみせる。
『その第二王子とやらの話を聞く必要はあろうな。……もし本当に『首謀者』であり術が使えるのなら、私がなにか見つけ出せるかもしれぬ。おかしな素振りがないかも、しっかり見ておかねばなるまい』
俺はそれを聞いて唸った。俺がアルと一緒にいたのは本当で、アルを連れて逃げ果せたことは、誰よりも俺が一番わかっている。だからメルセデスの言うことが間違っているのは確かだけど――裏を返せば、それは誰でも俺に濡れ衣を着せられたってことだ。
リリティアのような術が使えるのなら自分の身を隠すことも可能だろうしな。
考えていると、メルセデスは食事を終えたのか、ささっと手を拭いて立ち上がった。
「……ごちそうさま。とりあえず僕はラントヴィーのところに行ってみるよ。そうだ、一応伝えておく。第六、第七王子は通常通り授業――彼らは僕とクルーガのすぐあとに部屋から出てきたから、今回のことに関わっていないと思うしね。僕たちもそれぞれ自分のことをやっていいそうだけど――筆頭侍女長ユーリィの案で王族には護衛の騎士が一日中傍に付くみたいだ」
「護衛? ――それはちょっと息苦しいなぁ」
思わずこぼしてから手を拭いて立ち上がろうとすると……メルセデスは首を振った。
「いいよ、君はまだ食べるんでしょ。――騎士は部屋の外にいる。……僕たちの見張りも兼ねているはずだから怪しい行動は控えるようにね」
「あ、うん……メルセデス」
「なに」
「ありがとう。気を付けて」
「……君に言われるのはちょっと腑に落ちないけど――わかってる」
彼は肩越しに手をひらりと振って、出ていった。
入れ違いで食事がもうひとり分運ばれてくる。
侍女が下がると、リリティアは俺の隣に優雅に腰掛け、いそいそと手を拭いた。
「……さて。食事の続きといこうではないかリヒト。私たちも動かねばならないからな」
……腹減ってたんだな、きっと。
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