出来損ないのリヒト⑥

◇◇◇


 リリティアはそこで小さく息を吸って、俺の左手をぎゅっと握った。


「今回の『首謀者』がそれをわかったうえで封印を解いたのか、現時点では不明なままだ。リヒトを器とするしかないこの状況では……その左手は呪いや穢れを集約させるたびに侵食され、命が……削られる」


「…………」


「器が足りぬならば作ればいいが、それもできぬ。封印具は私の一族の亡骸を利用して作るものだからだ。いまの王族は私の一族ほどの力があるわけでもないようだし、封印具は作れないだろう」


 俺はそこまでを聞き終えたものの、彼女の視線の先にある紅色の手袋――つまり俺の左手と、それを握る白く小さな手を凝視していた。


 彼女の指はいまも手袋の白い薔薇の模様に添えられていて……温かい。たぶん、こうしてしまったことを悔やんでいるんだと思うけど……。


 こんなこともあるんだな――。


 俺はいろいろ考えたあとで、ゆっくりと唇を開く。


「……うん。大体はわかったんだけど……リリティア。そろそろ手、放してくれないかな? 驚いて集中できなかったよ」


 瞬間、彼女は「は?」と言いたげな顔を上げ、みるみる眉を寄せた。


「ば、馬鹿者! 大事な話をしているのに茶化すでない……!」


 ばしんと手の甲を叩かれて、俺は思わず笑う。


「あはは、女の子に手を握られるなんて初めてだったからさ」


「そういう問題ではない! ……はあ。そもそもお前、二十歳なのだろう? それで初めてなわけがなかろうに……」


「……んー、ほかの王子はそんなことないかもな。俺が『出来損ないのリヒト』だからだよ」


「……!」


 絶句したリリティアの蒼い瞳が、いまにもこぼれ落ちそうだ。


 俺は頬を思い切り引き上げ、笑って頷いた。


「でも、ほら。こんなこともあるんだから。――大丈夫。なんとかなる、きっと! それに、リリティアは一族のなかで一番すごいんだろ? 白薔薇ヴァルコローゼなんだからさ」


 楽観的だっていいと思うんだよな。アルシュレイが助かるならと思って俺は「なんでもする」って言ったし、現にいまアルシュレイはここにいる。それに俺の目の前には、白薔薇ヴァルコローゼだというリリティアがいる。なんだってできそうだろ。そうだよな?


「リヒト……」


 彼女はぽかんとした顔で俺の名前をこぼし、紅色のケープをかき寄せると突然笑い出した。


「……ふふ、ははっ、あははっ! そうだな、私は一族で一番すごかった。諦めるのは性に合わないし……ならばリヒト、私はいまからお前の白薔薇ヴァルコローゼとなろう。お前の国をなんとかするために『首謀者』を捕まえて安全を確保し、呪いを浄化する方法を探そう!」


 彼女は俺を見ると、初めて見せる悪戯っ子のような顔をして言い放つ。


「お前は『出来損ないのリヒト』などではない。それも私が証明してみせよう」


「……えぇ⁉」


 ……いや、そういうことを異性に言われるのも初めてだから、やめてほしいかな……。


 なんとなく気恥ずかしくて身動ぐ俺を、アルが起きていたら盛大にからかったに違いない。


 上機嫌のリリティアはそんな俺の様子など気にも留めず、ケープを弾ませて立ち上がった。


「さて、そうと決まれば、まず休まなくてはな。それで、私の寝床はどこだ?」


 ……あー。考えていなかった、そんなこと。




 俺の部屋にはベッド、チェスト、ソファ、テーブル、勉強机があって……姿鏡と大きな衣装ケースは壁にぴたりとくっついている……ように見える。


 姿鏡の裏側に階段があるなんて、アル以外に誰が思うかって話だよな。


 奥にある扉の向こうは洗面所と風呂場だ。


 ――ほかに選択肢がなかったので、結局リリティアにはソファを進呈した。


 アルが眠ったままとはいえ、その隣に寝てもらうのは忍びないしさ。


 俺のもので申し訳ないけど、滑らかな手触りの毛布を一枚引き抜いてリリティアに渡し、俺はアルをベッドの端に移動させて自分の場所を確保。俺がベッドでリリティアがソファなのもどうかと思うけど……いや、これは仕方ない。苦渋の決断だ。


 あれこれ考えながら装備を外し、ランプを消して横になると……結構疲れていたんだな。


 急速に体が重くなり、意識は深いところへ落ちていく。


 ――起きたら、たくさんやることがあるはずだ。


 すべてを委ね、俺は瞼をゆっくりと閉じて意識を手放した。


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