出来損ないのリヒト⑤
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うん。自分の部屋はやっぱり安心するな……ラントヴィーの気持ちもわかるかも。
ベッドにはアルが眠っているので、俺はソファに身を投げ出すようにして深くもたれた。
水でも飲もうかと思ったけど、そっか。水差しは回収されていたんだったな。
「そういえばリリティア、俺の水差しになにしたんだ?」
ふと問い掛けると、部屋の真ん中で難しい顔をしていた彼女の表情が少し和らいだ。
「睡眠薬に変化させた。ひとくちでぐっすり眠れるぞ」
「えぇ……じゃあ俺、睡眠薬で眠らされていたってことになるのか」
思わずぼやいてみたけど、それならそれでいいか。
リリティアはそんな俺の隣に腰掛けると、しみじみと言葉を紡ぐ。
「……メルセデスも言っていたが、お前は楽観的だなリヒト。……それに悔しくはないのか?」
「ん、ああ、『出来損ないのリヒト』のことか? ……んー、もう全然気にもならないよ」
俺が笑うと、リリティアは困ったように眉尻を下げて微笑む。
「王族のくせに、お人好しだな」
「褒め言葉、どうもありがとう」
応えてから、俺は紅色の手袋が嵌まった左手を広げてみせた。
とにかく、この手のことは聞いておかないと。
「それで? これってあの黒い靄を集約したから呪いが広がったってことか? リリティア?」
するとリリティアは身動いで、膝の上で手を握る。
少し逡巡したあとで、彼女はゆっくりと頷いた。
「……お前には溢れた穢れが見えるのだったな。……すまない、完全に甘く見ていた――浄化するには穢れや呪いを受ける『器』が必要になる。それが今回、お前しか――」
「それはいいよ。アルシュレイを助けるために俺がその『器』になったんだよな? 確か最初にリリティアが言ってただろ、己が身を器としてなんたらかんたらって……。聞きたいのはそうじゃなくて――俺とアルの命はちょっと削られたのかな、とか、そういうこと」
きっぱり言い切ると、リリティアはぱっと顔を上げ、俺を見た。
大きな蒼い瞳は困惑に彩られ、形の良い眉がぎゅっと寄る。
「いいだなんて簡単に言うものではない、リヒト。いいか、器となるのは『特殊な方法で精製された封印具』と、お前のような『本来の王族』のみなのだ。いまの王族が器にはなれぬのは見てわかった。……甘かったんだ――私が」
そこまで捲し立てると、リリティアは両手を伸ばして俺の左手にそっと触れた。
「器は
俺はリリティアの小さな手が、紅い手袋の甲――そこに花咲く白い薔薇の模様をなでるのを黙って見ていた。
「私はほかの王族――つまり器に呪いを分散させて浄化できると考えていたが……それはできそうにない。しかも、最悪なことに『首謀者』が私と同じ
楽観的すぎたのは私だ、と。リリティアは小さく……かろうじて聞こえる程度の音で呟いた。
でも、まだよくわからないんだよな……。
「ええと。すまない、確認したいんだけど……つまりさ、いまの状態じゃ器が足りなくて浄化はできないんだな? ――だとしたら、俺とアルはどうなるんだ? ……それに、呪いが溢れたらこの国は……?」
「――そうだな、それも説明せねばなるまい」
リリティアは小さく吐息をこぼし、瞳を伏せた。
◇◇◇
神聖王国ヴァルコローゼ。
それは、
彼らはその術により、人の心から生まれる穢れや、穢れがより強いものとなった呪いを集約させることが可能だった。
対して王は穢れや呪いを生まれさせないよう
例えば不作による飢餓、例えば戦争による悲哀。それらを和らげ、国の平和を保つことが務めなのだ。
加えて、もしも大規模な穢れや呪いが生まれたそのときは己が身を器とし、命と時間を掛けて浄化する……それが王だった。
――しかし、王族とて人。ときに穢れてしまうもの。そのため、城の中央に聳える中央片の地下深くには
その部屋は王族が生んでしまった穢れと呪いを集約させるための、封印具を壁とした巨大な器であった。
そして、溜まる穢れと呪いの量を知ることで、
けれど――あるとき部屋の様子を確認するために地下に潜った若い
予期されていたのかは定かではないが、部屋の扉を封じる
――彼女を贄としたのは、そのときの王族の誰かに違いない。
真っ黒なローブに身を包み仮面で顔も隠していたが、それは顔が知られていたからにほかならない――あの場所に入れるのは
おそらく
その後の歴史はまだはっきりしていないが、王族は
そうして、
……結果は知っての通りだ。目の前にいる王族――リヒトルディン=ヴァルコローゼを器とし、溢れた呪いを集約させ、残りを扉の向こうに封じることとなる。
簡単に言えば、終わりの始まり。肝心の器が足りず、浄化もままならない。
彼らの命が尽きたそのとき、扉は開かれ、この国は呪いに呑み込まれてしまうだろう。
そうなれば最期。この国の
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