出来損ないのリヒト③

「――彼はアルシュレイの部屋を一緒に確認してからは第一片の自室に籠もっているよ。面倒臭いと言って出てこないね」


 メルセデスが答えてくれる。


 第一片――つまりアルシュレイの部屋がある建物には、五階に第一王子と第二王子の部屋があるんだ。ここ、第二片の五階には俺の部屋を含めた第三から第七王子の部屋があって、いまは第一王子、第二王子を抜いた五人が集まっている。


 第六王子と第七王子は十五歳と十三歳で、俺たちの会話には基本口を挟まない。


 ……まあ、俺と一対一になると『出来損ないのリヒト』を馬鹿にしたりもするんだけどさ。


 正直、年下相手に目くじらを立てても仕方ないよなぁと思うだけだったりする。


 それから王女は全部で五人。彼女たちは全員、第二片……この下の階に部屋があるけれど、いまは数人の侍女と一緒になって不安そうな顔をしながらヒソヒソとなにか話していた。


「えぇと……つまり皆は俺を呼びにきてくれたってこと――だよな」


 口にすると、彼らは露骨に顔を顰めてみせる。


「はっ、呼びにきた? 『出来損ないのリヒト』を? 違うな、牢屋に送ってやろうと思って来たんだ」


 第三王子クルーガロンドは嫌悪感たっぷりの声で言う。


 はぁ。どうしてこう喧嘩腰なんだろうなぁ。


 いつものことだし、俺は「はいはい」と相槌を打って肩を竦めてみせる。


「リヒト……楽観的なのも構わないけど、侍女が君を見たと言うからには疑われると思ってね」


 第四王子メルセデスが抑揚のない声でため息を付く。


 俺は苦笑を返して頷いた。


「――わかったよ。ひとつ気になるんだけど、いまって真夜中だよな。侍女が血塗れのアルを見たのも夜中ってこと? ――そんな時間になにしてたんだ? 皆も部屋にいたんだろ?」


 それにはクルーガロンドが眉をぴくりと動かした。


「確かに普通なら侍女は休んでいる時間だな――おい、目撃した侍女をもう一度連れてこい」


 クルーガロンドは控えていた侍女のひとりに顎をつんと突き出して指示を出す。


 あれ、ここにはいないんだ。まぁ、血塗れのアルを見たと思い込んでいるんだろうし、気分が悪いのかもしれないな。


 すると、黙っていたリリティアが『ふむ』と唸った。


『リヒト。私も第一王子とやらの部屋を調べたい。移動できないか? 黒いダガーのことも、この者たちはなにも言わない。それが気になる。それと、念のために武器を持っておけ』


 俺は頷いて――おっと、メルセデスが変な顔をしているので彼にも頷いておこう――言った。


「えぇと、クルーガロンド。それなら移動しないか? 俺もアルシュレイの部屋に行って、確認したいんだけど――」



 ――第一王子アルシュレイの部屋は酷い有様だった。俺が家具を適当に置いて塞いだせいもあるけど、破壊された扉はどうやったのか粉々で、家具も傷だらけ。


 監視なのか、騎士が扉の左右に立っている。


 騎士は夜中も巡回しているけど、王子の部屋がある場所――つまり第一片と第二片の五階だな――を見回ることはない。


 アルシュレイが「監視されているみたいだから」なんて嫌がったからだけど、本当は抜け出して『禁忌』のことをいろいろ調べたいとか、そういう理由だ。


 だから俺はアルシュレイのために騎士が巡回する道順や時間の詳細を調べ上げていたりする。


 あの時間ならここに続く階段は下の階、上の階ともに騎士が留まっていたはずだから、騒ぎを聞きつけてすぐにやって来ただろう。


 俺がアルを担いで姿鏡の裏に入った頃には到着していたかもしれないな。


「ひ、酷い有様だな。入ってもいい?」


 思わず言うと、第四王子メルセデスがふんと鼻を鳴らした。


「クルーガがやったんだ。……まず最初に侍女が悲鳴を上げながら走ってきて、騒ぎを聞きつけた君以外の王子はアルシュレイの部屋に行った。第二王子ラントヴィーと第三王子クルーガロンド、それから僕は一緒に第一王子アルシュレイの部屋に入ったけど、ラントヴィーはそのあとから自室に籠っているよ。――入りたければどうぞ」


『――リヒト、先にいく』


 リリティアはそう言ってさっさと中に入っていった。


 聖域から出ても彼女の姿は俺にしか見えていないらしい。


 彼女の揺れる白銀の髪を見て考えながら、俺も中に入る。


 あのときは強烈な腐臭が鼻を突いたけど、いまはなにも感じない。床には血の跡もなければ、腐敗したアルの体液も――どこにもない。


 ――しかし。俺は目の前に転がっているそれに、ぎょっとした。


 黒光りするダガー……アルシュレイを呪い、リリティアを磔にしていたはずの。


 な、なんでここに放置してあるんだ? 誰も確認はしていないってことか……?


『聖域だ。人の目から隠されているな。――これはよくないぞリヒト。相手は術を使えるということだ……』


 ダガーの隣に立つリリティアは、そう言って難しい顔をした。


 細く白い手で、彼女は自分の白銀の髪を弄びながら黙ってしまう。


 なにがどうよくないのかは、いまいちピンとこないけど……。


 俺は後ろを付いてきたメルセデスを振り返った。


「――メルセデス。ここにアルがいたとして、血塗れだったんだろ? でも――」


「そうなんだよね。部屋は綺麗なままだ。肝心のアルシュレイもいない。本当になにかあった確信も持てないのが現状さ」


 どうしようかと迷っていると、リリティアがはっとして身を翻した。


『穢れの気配だ、リヒト! これは……』


「目撃した侍女が到着したぞメルセデス。早速尋問を――」


 そう言ったのはクルーガロンドだったが、その瞬間。


「ああアッ!」


「うわっ!」


 部屋に飛び込んできた侍女が叫びながらメルセデスを突き飛ばす。


 俺は咄嗟にメルセデスの腕を掴んで体勢を整えさせたけど、そのあいだに横を駆け抜けた侍女は『黒いダガー』を拾った。


 リリティアは飛び離れると、下唇をきゅっと噛み締める。


『リヒト! こいつは穢れにやられている! 気をつけろ!』

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