出来損ないのリヒト②
「なにか用か? じゃないだろう!」
「うわっ!」
バァンッ!
壊しそうなほど扉を軋ませ、俺を押し退けて入ってきたのは筋骨隆々の大男――第三王子クルーガロンド=ヴァルコローゼに間違いなかった。王族だから当然白銀の髪に蒼い瞳なんだけど、夜中だというのに短い髪を綺麗に撫でつけている。
それだけじゃない。彼の後ろにはほかの王子と王女、騎士の姿もあり、俺は心臓が跳ねるのを感じた。
だ、大丈夫なんだよな……?
「アルシュレイが襲われた。侍女がお前を見たと言っているぞ『出来損ないのリヒト』!」
クルーガロンドはそう怒鳴りながらも、なぜか俺の隣に立つリリティアと、ベッドに寝かせたアルシュレイに気付く気配すら見せない。
「え、と……」
思わず戸惑ったそのとき、リリティアがくすくすと笑う声が耳をくすぐった。
『私の姿も、第一王子とやらの姿も見えていない。声も聞こえない。これが聖域だ。……さて、ではまず濡れ衣を着せられないよう立ち回ってもらおうか、リヒト』
「ええっ⁉」
「ええ、じゃない! お前、アルシュレイになにをした!」
思わず叫んだ俺に、問答無用でクルーガロンドが掴みかかってくる。
い、いやいやいや。どうしろっていうんだよ、これ……。
「……待ちなよクルーガ。アルシュレイの部屋、忘れたの? 中から封鎖されていて開けるのに苦労したじゃないか。中には肝心のアルシュレイもいなかったし……侍女の言葉だけでリヒトを犯人扱いはちょっと強引だよ」
助け船を出してくれたのは、第四王子メルセデス。
背は俺よりも頭ひとつ分は小さく、細身で童顔だけど俺よりふたつ年上だったりする。
髪は少し長めで、輪郭に沿って柔らかな丸みを帯びていた。
クルーガロンドは彼の言葉にむっと唇を引き結んで眉間に深い皺を寄せると……俺を突き飛ばすようにして手を放す。
見ての通り。第三王子クルーガロンドは猪突猛進、第四王子メルセデスは冷静沈着というのがぴったりの性格だ。
俺はほっと息を吐き出しながら、頬を掻く。
「メルセデス、ええと、ありがとう」
「……礼を言われることじゃない。僕は君がなにもしていないとは言い切らないしね。……で、この騒ぎのなか、君はなにをしていたのかな」
う……。
ズバリ突っ込まれた俺は、思わず顔を顰めてしまった。
困った……なにをしていたか聞かれても俺はここにいなかったし。
『仕方ない奴だな……眠っていた、頭が痛いから大声を出すなと言うがいい』
どうしようか迷っているのが伝わったのか、視界の端でリリティアが肩を竦めた。
助かる!
「……寝てたんだ。……すまない、頭が痛いから大声は――」
リリティアに言われるがまま口にして、俺は思わずちらと後ろを見てしまった。
肝心のリリティアはベッド脇のチェストに歩み寄ると、水差しに手を滑らせている。
水差しはぽうと淡い蒼色を弾けさせた。
……なにしてるんだ、あれ。あの光も見えていないんだろうけど……。
というか、次の指示が欲しい――。
「頭が痛いだって?」
「あ、うん……そうなんだ。風邪……かなぁ」
メルセデスに聞き返され、彼に視線を戻した俺はとりあえず頷いておく。
するとメルセデスは口元に右手を当てて訝しげな顔をした。
「……リヒト。君、眠る前になにかした?」
『水を飲んだと答えるがいい。――ふむ、メルセデスとやらは良い質問をしてくれるな』
間髪入れずにリリティアが応えるので、俺は訳もわからずに言葉を紡ぐ。
「……ええと、水を……」
「水ね……。誰か、リヒトの水差しを調べて」
「かしこまりました」
応えてするすると入ってきたのは筆頭侍女長のユーリィ。
彼女は俺が産まれるよりずっと前から長いこと城に務めていて、俺たち王子王女の作法の先生でもあるんだ。
白髪を頭の後ろで結って丁寧に丸めてあり、背筋の伸びている姿は誰よりも凛としている。
侍女たちは数人の筆頭侍女を中心にいくつかの組分けがされているんだけど、その頂点がユーリィってわけだな。
『メルセデスという者はなかなか頭が良さそうだな。しかし、本当に彼らが王族なのか? 後ろの者たちも? 皆、どう見ても私の一族の容姿だ……お前のような王族の力も持ち合わせてはいない……』
ユーリィが水差しを持っていく後ろから隣に戻ってきたリリティアが言うので、俺は眉を寄せてしまった。
疑問形で聞かないでほしい……うっかり答えたらどうするんだよ。
本当に頭が痛くなりそうだ。
「えぇと……それで。アルシュレイが……その、襲われたって?」
ユーリィがもうひとりの侍女を連れて離れていくのを確認して、俺は口にした。
とりあえず、いまどんな状況なのか聞いておかないとな。
左手で頭を押さえた俺に、クルーガロンドが太い腕を組む。
「話した通りだ。
「
アルの体は腐敗していたから……侍女はあれが血に見えたんだろう。
続けて聞くと、クルーガロンドは唸り声にでも聞こえそうな音を発したあとで吐き捨てる。
「お前がなにかしたんだろう『出来損ないのリヒト』。第一王子が羨ましかったのか? 『出来損ない』のくせに」
「……」
困った顔をしたかもしれない。
その第一王子アルシュレイはいまも俺の後ろ、ベッドで寝息を立てているわけで。
なにかしたと言えばその通りなんだけど。
『こっちはよく吠える奴だな。それでリヒト、このなかには疑わしい者はいないのか?』
俺はリリティアの言葉に、廊下にいる王族も含めた全員をさっと見回した。
そうだな……アルシュレイが倒れて一番得するのは誰かっていえば、疑わしいかは別としてもやっぱり第二王子ってことに……あれ?
「……ラントヴィーは?」
俺は姿の見えない第二王子の名前を口にした。
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