出来損ないのリヒト①

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「王族同士で争うなど、愚の骨頂とやらだな」


 俺とアルシュレイの状況を聞き終えると、彼女――リリティアは心底呆れたような顔でため息混じりに言った。


 それは俺も思うところだけど……ほかに理由が思い付かないしなぁ。


「とりあえず、まずはそこの第一王子とやらを安全な場所へ移動すべきだな。それからリヒト。お前は『首謀者』を捜さなくてはならないから、濡れ衣を着せられるのは避けねばならん」


「うん……そのためにはまずここからどうやって出るかなんだけど」


「それは心配ない。この通路は城のあらゆる場所に通じているからな。お前の部屋はどこだ?」


「え? えぇと……この礼拝堂の上、そこの通路の先が第一王子アルシュレイの部屋で、俺の部屋はそこから左……第二片の真ん中なんだけど……わかるかな」


 この城は中央にある塔が王の住まう中央片と呼ばれ、そこを囲むように四枚の花びらに見立てた建物が並び、さらに外側を五枚の花びらに見立てた建物が包み込んでいる。


 その花びらの一番内側が一片、その隣が二片……と数えるんだ。


 そして隣り合う花びらの間にはそれぞれ廊下が渡されていて、往き来できるようになっているんだけど。


「どうやら城の構造は変わりないようだな」


 リリティアは満足そうに頷くと、俺に向かって右の人差し指をピッと突き出した。


「よしリヒト。お前の部屋を聖域としよう。さあ、第一王子とやらを担いで付いてくるのだ」


「……え? ん? 聖域?」


 またよくわからない単語が出てきたな……。


 俺の気持ちを知ってか知らずか、リリティアはさっさと歩き出しながら話を進める。


「そうだ。もし私の胸のダガーを抜いたのが第一王子とやらではないのなら、この場所は『首謀者』に知られているということになる。だから私はお前の部屋を聖域に仕立て上げ、不可侵の領域を築く」


「は、はぁ」


 よくわからない返事をしながら、俺はとりあえずアルシュレイを背負った。もう腐敗していないのなら多少引っ張っても大丈夫――だよな。


 アルは俺と同じくらいの背丈だけど、スラッとして見える割には筋肉がしっかり付いている。


 つまり、結構重たいんだ。


 今度は階段を上ることになるんだろうけど……まあ、なんとかなるか……きっと。


 俺は勢いを付けてアルの位置を調整し、よし、と気合いを入れた。



 地下道は幾重にも入り組んだ構造だった。案内がなかったら覚えるのに時間が必要だな。


 アルだったら嬉々として探検しそうなものだけどさ。


 ……そんなふうに考えながら、俺は額からこぼれる汗をどうにもできずにいる。


「はあ、はあ……」


 やっぱり人ひとり背負っているとなると、相当消耗するなぁ……。


 すると、前を行くリリティアが白銀の髪を揺らしながら振り返った。


 気を遣ってくれるのかと思いきや、彼女の歩みは一向に遅くはならない。


「なんだリヒト。お前、王族なのにちゃんと鍛えていないのか?」


「ええ? うーん……多少、稽古はあるけどさ……」


「稽古……戦闘訓練か?」


「いや? 剣術の型を繰り返す感じかな。あ、でも戦闘訓練に近いものなら、アルとは結構手合わしてるよ。俺はダガーのほうが好きなんだけどさ」


 なにを隠そう、俺が唯一アルシュレイに勝てるのがこの手合わせだったりする。


 アルの凄いところは、勝った相手――つまり俺を手放しで褒めてくれることなんだよな。


 そういうところ、やっぱりアルはできる奴なんだと思う。


「ふむ。つまり、いまは平和というわけだな」


 リリティアは俺の言葉に頷くと、真面目な顔で返してきた。


「……ああ、うん。ちゃんと騎士団もあるけど、戦争なんてもうずっと起こっていないよ」


「……それなら都合がいい」


 ん? 都合ってなんだ? 首を傾げると、リリティアは前を向いて右手をひらりと振った。


「戦争は穢れを生みやすい。つまり、呪いが強まる傾向にあるのだ。平和であれば多少マシだろう。浄化を進めるには良い条件ということだな」


「ふーん……」


 いまいち穢れとか呪いのことはよくわからないままだけど……俺はとりあえず頷いておく。


 たぶん、穢れっていうのは負の感情みたいなものなんだろうな。


 ――そうして、俺はなんとか階段を上りきり、自分の部屋の姿鏡の裏から顔を覗かせた。


 どうやらまだ夜中。部屋は勿論のこと、引かれたカーテンの隙間から覗く空も真っ暗だ。


 ……とすると、俺が気を失っていた時間はそう長くなかったんだろう。


「さあ、早くベッドに寝かせるんだ」


 俺はリリティアに言われるがままにアルシュレイを寝かせた。


 彼女は紅色のケープをばさりとはためかせて両腕を広げると、すう、と息を吸い込む。


「……祝福を、ここに」


 瞬間、俺はギョッとした。


 いや、だってさ。俺の部屋にぶわあーっと蒼い光が渦巻いたんだ。


 すごく綺麗だけど――驚くだろ、驚くよな!


「り、リリティア……これは⁉」


 思わず身を屈めて見回す俺に、リリティアはくすくすと笑う。


「この国の『生命いのち』が持つ聖なる力、祝福だ。これで聖域は成り立った。ここにいる限り第一王子とやらは守られる。……そうだな、丁度いい。試してみよう」


 彼女はふわりとケープを舞わせて、大きな蒼い瞳――満ちた光と同じく蒼く輝いていた――を細める。


「え? 試すって……」


『おい『出来損ないのリヒト』! 出てこい、いるんだろう!』


 俺はびくりと肩を跳ねさせた。


 扉の向こう……廊下から聞こえるのは――間違いない。第三王子クルーガロンドの声だ。


 ドンドンと震える扉に思わずリリティアを見ると、彼女は置いてあるランプを灯しながら自信満々に頷いてみせた。


「大丈夫だ。開けろ」


「……わ、わかった」


 リリティアが言うんだ、きっとなんとかなるんだよな。


 俺は深呼吸を挟んで、扉に歩み寄ると鍵に手を掛ける。

 ガチャリ、と。鍵は必要以上に大袈裟な音で開いた。


 俺はリリティアに目配せしてから、そっと扉を開けて顔を出す。


「……こんな夜中になにか用か、クルーガロンド」

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