リリティア④
******
「――起きたか」
問われて、瞼を持ち上げる。薄暗い部屋、固く冷たい床。
俺はぐるぐると視界が回るのを感じながら、ゆっくりと瞬きをした。
一瞬、なにがどうなったのかわからなかったんだけど――俺はカッと目を開いて飛び起きる。
「あ、うわあアァッ⁉」
目の前には俺を見下ろす、紅色のケープを纏った女性。
その向こうには巨大な扉が
あ、あれ……夢――? それとも――。
ドッ、ドッ、と心臓が跳ねるのを感じ、知らず息を呑んで額に左手を当てたところで……俺はふと違和感に眉をひそめ、手を翳した。
「……手袋……?」
左手に見覚えのない紅色の手袋――甲の部分には白い薔薇が型押しされている――が嵌められていたからだ。
そして、視線の先――台座の上に見慣れた白銀の髪が見えているのにも気付く。
「あ……アルシュレイッ!」
立ち上がれば――昏々と眠る第一王子の姿が確認できた。
その半身は腐敗こそしていなかったけれど、紫色の
「ど、どうなってるんだ、これ……! おい、アルは大丈夫なのか?」
「……王族のくせに騒がしい奴だな」
俺が聞くと、彼女はため息をついてフードを取った。
はらり、と現れたのは肩ほどまでの白銀の髪。大きな蒼い瞳からは触れたものを切り落としそうな鋭い敵意が放たれているけど……光ってはいない。
――俺とはまったく違う……ほかの王族たちと同じような容姿に、ごくりと喉が鳴った。
もしかして彼女も王族……なのか?
でも俺は彼女を知らないし……彼女も俺を『見たことがない』って言っていたよな……。
「――えぇと。俺は王族でも『出来損ないのリヒト』だからさ……。見たことはないと言っていたけど、聞いたことくらいはあるんじゃないか」
とりあえず応えて、俺は彼女に視線を合わせ「それで、どうなってるんだ?」と繰り返した。
アルが生きているのはよかったけど、そもそも夢じゃなかったのは最悪だ……。
あの黒い靄がなんだったのかも聞かないといけないだろう。
すると彼女は腕を組んで静かに告げた。
「術はうまくいった――しばらくはもつだろう」
「術……? と、とにかく、アルは大丈夫ってことなんだな……?」
俺はほっと息を吐き出して肩の力を抜く。
しばらくだろうとかまわない。ここから逃げ出せれば、医者に診せることができるはず――。
しかし、彼女はそんな俺の前に思い切り右足を踏み出した。
ケープと同じ紅色の膝下まであるブーツが、ガツンと床を踏み鳴らす。
「だが王族よ。どうなっているかだと? ――どうもこうもない。何故私を贄になどしようとしたのか、よくわかった――! お前たち王族はこの私ッ……
「………………は、はあ?」
いや、いや待て。
なにを言われているのか、まったくさっぱりこれっぽっちもわからないんだけど。
すると彼女は形のいい眉を歪めて、いまにも噛み付きそうな顔をした。
「……何故、なにも知らないような顔をする……!」
「いや……だって、なに言われてるのかわからないんだよ……」
むしろ、贄とかなんとか……俺と彼女の話はまったく噛み合っていないような気がするけど。
俺は額に紅色の手袋が嵌まった左手を当てて、自分から口を開いた。
「というか……君はいったい何者なんだ? あー。ええと、そうだな。まずは自分から名乗るよ。俺は第五王子――リヒトルディン=ヴァルコローゼ。そっちが第一王子のアルシュレイ=ヴァルコローゼ。さっきも言ったけどさ……見たことはなくても、聞いたことくらいあるだろ?」
瞬間、彼女はぽかんと口を開けた。組まれていた腕がそろそろと解かれ、紅い唇がなにかを言いかけて動いたあと……蒼い瞳がアルシュレイへと移る。
「……ま、待て。お前はなにを言っている? 第一王子? そんなわけないだろう。第一王子はユルクシュトルだ……しかも、この髪色は王族ではなく
「――? なにを言っているのかわからないのは俺のほうなんだけど。王族は全員白銀の髪をしているし、むしろ俺だけ違うんだよ。しかも、ユルクシュトル? 何百年も昔の王様だよな。俺のこと馬鹿にしてるのか? それに君、夢じゃなければ磔にされていただろ――いったい何者……うん?」
俺は首を傾げた。
いや、待てよ。彼女が本当に、まるで
なら、彼女は『いつから』あんな状態だったんだ……?
しかし俺のそんな考えはつゆ知らず、彼女は呆然とした表情でぽろりとこぼす。
「……私を、知らないのか? 王族なのに?」
「え? うん……知らない。微塵もわからない。……誰?」
その瞬間、彼女はへなへなと崩れ落ちるように座り込んでしまった。
「わっ、え、大丈夫か?」
慌てて伸ばした俺の手をばしりと振り払い、彼女は唸る。
「――なんてことだ。この呪いは……私を贄にすることで封じられていたのだろうし……ではそのあいだ、いったいどれほどの時間が……」
「お、おい。ちゃんと説明してくれよ。それに、アルシュレイを医者に診せるのに情報がほしいんだ。穢れってなんだ? 呪いって……? あの黒い靄は?」
俺は彼女に向かって身を乗り出す。
いまアルは静かに寝息を立てているし、汗もかいていない。熱は下がっているみたいだ。
なにより、『腐っていない』。
しばらくはもつと彼女も言っていたし、それならまず彼女から情報を聞き出すべきだろう。
彼女は無言で大きな蒼い瞳を俺に向け、やがて小さな吐息をもらした。
「医者に診せてもなにもできまい。あの黒い靄こそが呪いであり穢れが強まったものだ。……わかった。説明しよう。しかし、私が話す代わりにお前も話せ。どうやら私にも知る必要のある情報が多そうだ」
「……?」
盛大に眉をひそめた俺の返答なんて、聞くつもりもないようだ。
彼女は揺らめく蝋燭の灯りのなかで、座り込んだまま訥々と話し始めた。
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