第3章 その3

 俺は、争い事は好まない。平和が良い。が、それは自分が抗争の外野にいるからだこそ言えることでもある。今回の件のように争いに加担どころか、その戦果の真っ只中、というよりも戦利品になりかねない、ばっちりと関わりになってしまっている。

平和が良くて、争いはダメなどと、どんな言葉を並べても通じはしないし、腕力どころか超能力さえも対抗処置にはならないようなのが相手にいるのである。

 けれどもだ。そんな戦いでさえも何かしらの打開策があるのならば、手を打つしかない。渋々だろうが、妥協だろうが、臥薪嘗胆だろうが、あの二人を止めなければならない。

 何と言っても今回のは、味覚対決。味覚なんてものはすこぶる個人的な嗜好が顕著であり、どちらかが選択されても、今後に今回と同じような対決がささいなきっかけで勃発しかねないし、準VS寿ではなく、どこかで代理戦争でも始まった日にゃあ、それこそ手の付けられないゲリラ戦になりかねない。だから、もうこの辺で幕を下ろした方がベターだ。

「却下だ」

 思案の結果としての戦略は、戦国時代の軍師の装いをした翳教諭からダメ出しをされた。

案① たれを別売りにする。麺と、錦糸卵・キュウリ・紅ショウガのトッピングはそ 

 のままに、その上にマイたれをかける仕組み。マイたれは購買部で販売。または、 

 食堂からどちらのメニューも削除して、購買部で弁当として販売。

案② 一年毎に醤油だれとゴマダレの味を交互に提供する。

案③ 双方の注文の数量・皿の数、合計金額が同数になるように仕込んでおく。さら 

 には別の出来事を引き起こし、関心をそちらに向けるようにする。

案④ 日本人の舌の味蕾に悦楽をもたらすうま味調味料という魔法の薬で、どっちの

 味という個性をなくしてしまう。

 この事態を回避する妙案であろう。

 曙の話しによれば、準がこのまま術を使い続けるのは、疲弊どころか生命にかかわるとのこと。それを分かっていてもあの人は使うのであろう。それが準英という女子が持っている誇りであり、自負であり、あの人なりに家の性から逃れないことから来る社会貢献の意識もあるだろう。さらにはその顕現した存在が並々ならぬ者だから、守ろうとして社会に却って被害をもたらすかもしれないが。

 寿にしてみれば、既存のシステムを一変させるような大それたことをする覚悟の上に、俺を狙い続けているのだろうし、あいつが言うように死者を蘇らせるなんてことをしたら、人類史上に遭遇することのなかった性質の生物が黄泉の国からカムバックしてくるかもしれない。その生物によって地上がそれこそ地獄に変わるかもしれない。その時、あいつはどうするつもりなんだ? 

 きっとそうならないように、準や彼女に類する生業の方々が登場するのだろうが、そしたら、やはりそれは兵器を使わない世界大戦の様相を呈するのではないだろうか。

 だから、冷やし中華ごときで、未知な戦況のスイッチを入れてしまう訳にはいかないのだ。

「ごときじゃねえんだよ。見てて分かるだろ」

 翳教諭に言われるまでもない。分かるよ、きっとあいつらに訊かれたら、同じことを夜叉のような形相で見て来るだろう。現に食堂で怒られていたし。

曲がりなりにも二週間強、そこここで血を狙われて来たんだ。あいつらが言い出したら、常にマジであるとは承知している。

 とはいえ、それが学校全体、生徒全員に及ぶことはこれまでなかった。それが今起ころうとしていて、下手をしたらそれは学校だけにとどまらず、街どころか俺の知らない国にまで及びかねない。日本の食文化の発信とか言って。

 だから、悪くはないはずだ。ベストとは思ってはいない。それでも、ベターな案だと自信を持っている。それなのに。

「御主人」

 制服姿の羅。どこか憐れみを含んだ呼びかけ方だった。

「御主人は、覚悟はあるかい?」

 案に対する批評が述べられると思いきや、全く想像しなかった問だった。しかし、覚悟というのはどういうことだ? 俺は狙われ続けているからそこから逃れられないこととは痛感している。

「そういうことではなくて」

 羅が苦笑いした。

「二人を絶対に止めるっていう覚悟だよ」

「いや、それがあるから案を……」

「あったら、この案は出てこないよ」

「?」

 羅が言わんとしていることが皆目見当がつかなかった。

「案てのは、これを飲まなければ当事者にデメリットが生じると思わせるものでなければならない。そのデメリットを当事者に起こすのは誰だと思う?」

「そりゃ、相手方……」

 言いかけると、翳教諭に遮られた。

「調停者だよ。つまりお前だ。お前があいつらに案を承認しなければ、ぐうの音も出なくなるようにさせなければならない。それが覚悟の意味だ」

 あいつらには、最大戦力を使ってしまえば自身も存続の危機に陥ってしまうために、それが使えないが、それを持っていなければ攻撃されてしまうから、チラ見させ続けなければならないとう考えがないらしい。抑止力はすでに永眠されてしまっているようだ。

 そうさ、俺も考えたさ、このバランスを崩してしまえばいいんじゃないかと。いわば、アンバランス・オブ・パワーだ。けれど、何しでかすか知れんもののバランス崩したところで、その拍子にとんでもないことが起こるかもしれないと予測されるなら、その予測は回避すべき事象だ。確かにそこまでは考えていなかった。

 そう言われて見直してみれば、単なる遊戯の独自ルールのようにも見えてくる。仮にどの案が飲まれたとしても、あいつらはそれを使ってまでも新たな抗争を始めるだろう。それじゃあダメなんだ。

「妥協を狙ったんだろうが、それはあいつらのじゃない。お前の妥協だ。だから覚悟なんだ」

 そういうことならそうと早く言ってくれればいいのに。

 でも、どうする? 俺。

 ところでだ。なぜこうもまあ争いは絶えないのだろう。とある哲学者が閃いて風呂から飛び出した時代よりもはるか以前から、人が望んでいたのは平和のはずだ。学問も宗教も科学も平和を望んでいるんじゃないのか? 

 冷やし中華が争いの発端になったように。

おにぎりの海苔を先に巻くか後に巻くかとか、焼海苔が良いとか味付け海苔が良いとか。

カレーに入れる野菜を大きく切る、小さく切る。

 クリームシチューをご飯にかける、かけない。

 鯛焼きを頭から食べる、しっぽから食べる。 

 目玉焼きは、よく焼くのか、半熟にするのか。味付けは、しょうゆ? ソース? 塩? ケチャップ? マヨネーズ?

 などなどといったことで戦争が起こりかねない。

 あるいはすでにたけのこときのこの間で戦争になっているかもしれない。俺が知らないだけで。

 争いがないことを平和だと思い込み、過剰に理想化しているからいつまでたっても絶えないのか。

 てことは、こうも考えられるというわけか。

 平和にならない理由は、平和をまるで禁断と扱っているからだということだ。

 その禁断を破らないように、人はこじつけし争いをする。平和というものがどんなものかも知らないふりをして。平和に恐怖して。しかも平和がどんなものか誰も知らない。死神や雷神・風神も来てるくらいだ。ついでに天使あたりにも来てもらって平和についてのご高説賜りたいが、その天使だって戦ってなかったっけ?

 しかしだ、禁断だとしても、呪術師や死神が禁断の術を施したように、禁断の技を使ったように、それは可能なのだ。

 つまりはたった一つ、覚悟があるのならということになる。

「坊さんだって憤慨するてえの。篁、お前は仏でも神でもない。だから、悩んでもがいて喚き散らして、俺はこんなのじゃなくてこうしたいんだって胸を張って叫んでいいんだ」

 なんかようやくシナプスが活動し出したようだ。

 言葉は通じない二人だろうが、言ってみるしかない。

「御主人、どうやら本当の解決策が浮かんだようだね」

 それを覚悟と言うのかは、俺個人としては判然としないがな。だが、この案ならあいつらは飲む、いや、飲ませなければならない。そう、案の方だ。俺の液体の方ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る