第3章 その1

 放課後、家庭科室に準の姿はなく、探すついでに寿の様子をまず窺うことにした。

「おお、タカムラ。待っておれよ。絶品が生まれかけている。これもお前の……」

 こっそりと理科室のドアを開けた俺が目にしたのは、この二週間で見たこともないほどの満面の笑みの死神だった。逆に怖い。それに何を言い出しそうか見当がついてので、それをシャットアウト。襟を直して入室。まずは巨大化した鎌の件を尋ねておかなければならない。

「聞かんでも分かるだろ。お前と私の縁で大きくなったのではないか」

 恥じらい気味にうつむき加減で言われても、武器以外の何物でもない一品は断固とし未使用のままにしなければならない。

「お前の血があれば、死者さえも蘇らせることができる。死神は冥界へ魂が道に迷わないように導く使命。逆に言えば誤って死者になった者を生に戻すことはできない。それが可能になるのだ」

「誤ってって、それこそ神様のさじ加減でどうにかならないんか?」

「ならないから、死神達がこぞってその方法を探していたのだ。そのキーが人間の特殊な血だと判明したのは最近」

「でも死者を蘇らすって、それって」

「ああ、やってはならんことだろう。神とはいえ、生から死という一連の流れを、システムと言い換えてもいいが、こしらえたのは神だからな。それを自らの過失で変換してしまったら、システム自体が誤作動を起こさないとも限らない。それが血ではなくても、お前の体液ならば代替になると分かった。鎌の変化はその微々たるものでしかない。タカムラ。お前に初め言ったように、必要な採血量は致死量だ。しかし精液であれば、お前の死に至る量でなくとも、可能であろう。それならば、協力するだろ?」

 死者の復活。それは死という意味自体が変化することになるだろう。漠然とだがそんなことを思い浮かべた。俺も死にたくはない。が、寿の話しはどうにも釈然としない。カレーラーメンのカップ麺でちゃんと混ぜて融かしたと思っていたのに、カップの底にルーの塊が残っていたような感じ。

「その前にそっちの過失で亡くなるということ自体がおかしいんじゃないか?」

「言う通りだ。しかしな、もう遥か太古ゆえに誰がどうしたのか知れんが、どんなに修正しても、これは変えられない仕組みになっているのだ。だから、原因を失くすのではなく現象が起きてからその現象をなかったように戻すしか我々には出来ないのだ。そのためにお前が必要だ」

 死神のシステム修正に駆り出されても、人間の俺が及ぶところでないのは俺自身が良く分かっていること。とはいえ、無碍な拒否はそれこそ命に係わる。

「安心しろ。出したばかりだ。今日求めはせん。どうやら量や濃度が一定値以上でないと、有用ではないことまでは試算できている。お前には貯めてもらわねばならんからな、それに今は冷やし中華だ」

 世界の理よりも冷やし中華を優先する死神もどうかと思うが、これはチャンスである。寿がパワーアップをするのを先延ばしとはいえ時間を稼ぐことができる。この間に事前策を整えなければならない。

 理科室を出て思案気味に廊下を歩いていると、

「御主人」

 背後から呼び止められた。振り向けば、当校の制服を着た羅がいた。狼の耳としっぽは出たまんまだったが。現在の容姿を気に入っているのか、一日校内を散策していたようだ。この間に俺が狙われるようなことがあったら、どうするつもりだったのだろう。まあ、きっと鼻が利くので迅速に駆け付けるのであろうが。そして、ふと気づいた。俺は用心棒を従えず、死神のいる部屋へ入ってしまっていたのだ。無事でよかった。

「先生にもらったのか、それ」

 並ぶ羅に確認。

「服ってまどろっこしいよね」

「それが人間社会だ」

「だね」

 同意を示す狼の時は良く分からなかった表情がそこにある。嬉々として笑んでいる。実に愉快そうだ。

「狼の時は噛み付けば噛み殺してしまうっていう理由で俺の横にいたわけだが、やっぱり俺の血をまだ狙うのか?」

「たしかにね。採取の加減はしやすくなった。甘噛みできそうだし。御主人が変化を容易にしてくれるものだとこれで証明できたわけだ。ただ、あの量だとまだ自在に変化できるわけでもないみたい。今もほら、耳もしっぽも出たまんま。まあ、血でなくても良いというのも分かったんだし、御主人も安心でしょ」

「お前もか」

「ん? どういうこと?」

「寿も言ってた。血でなくても俺の体液ならかまわんだろうって」

「異論ないね。ということはだ。それを知ったのが我等以外にもいたとしたどうする? 御主人」

「他に俺を狙うのがいるってことか」

「我は幸いこの人間社会に生きるのも悪くはないと思っている。獣の姿ならペットとして不自由はないし、この姿ならコスプレ好きの女子高校生として堪能できる。それも御主人の傍にいればこそ満喫できること。ならば、命を取るまで血を奪うというのは効率的ではない。それに他の者が御主人の血なり精液なりを奪っては、我の取り分がなくなってしまう。そこでだ、御主人。我は引き続き用心棒でいよう。そして、必要になった時に血なり精液なりを施せばいい」

 少なくとも死神から攻撃があった場合の防壁になってくれそうだから安心していいはずなのだが、狙われている事実には変わりはない。つまりは、俺にとって羅が俺を狙わないで用心棒になってくれるというのがベストなわけだ。

なわけだが、どうすればそれが可能になるのか、皆目見当がつかない。懸案事項が累積されていく。

 俺の重くなった足取りよりも軽やかな羅が数歩先へ進む。これから帰宅しようという生徒達がちらほらとではあるが、すれ違ったり追いつこうとしたりする。そんな中、

「そうだ。御主人、さっきのは少なかったみたいだから、今度からいつでもどこにでも出していいよ。あ、あの姿でするとバックとかいう体位になるのか?」

 振り向きざまにぶっ放してくれた。恐らくは変身能力に関わる純粋な提案だったのであろうが、人間のしがらみなどにとらわれない妖狼の一言にそこいらにいた生徒達は停止し、俺の顔を見てから引きつった表情のまま小走りに遠のいて行った。「いつでも、どこにでも出す?」「バック???」もはや小声にもなっていない悲鳴に近い声が聞こえる。というより狼の姿にそんなことをしていたら獣姦だ。

「ほら、御主人。準、探すんだろ」

 まるで自覚なく無垢に言った人姿の狼に誘われて、未だ見つからない呪術師を探すしかなかった。

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