第2章 その4
という訳で、次に理科室へ。
ある程度予想はしていたが、理科室はその名に過不足なく実験室の様相を呈しており、寿が鎌ではなく包丁を握っていて、仕込みの不出来のせいで俺の血液を求めて切っ先が狙わないとも限らない。
「タカムラ、敵情視察ご苦労だった。報告を」
死神の使いパシリになったつもりはないのだが、準には止められていなかったので、禁じ手(秘薬)のことはさりげなくして食材の豪華さを言っておいた。
「酢だって、体の疲労回復にはもってこいだろうに」
死神に健康指導されては世話は無かろうが、夏場の炎天下に酸っぱい食べ物は食欲を促すのは事実である。ゴマダレ味の冷やし中華にも酢は入っているのだが。
見れば、寿の試作品は錦糸卵、紅ショウガ、ハム、キュウリを冠に抱く、ごくシンプルかつ普遍的な冷やし中華ができあがっていた。
「どうだ。この完成度。伝統美とでも言おうか。しかし、タカムラの話によると、あの呪術師がきわめて卑怯な手で華美な食に仕上げて、大衆をゴマダレ派に煽動しかねないな」
シンプルなものが勝つこともあるぞとは言ってみるものの、死神が人間の助言に耳を貸すことはない。
「×××をハムの代わりにして、〇〇〇をキュウリの代わりにして、△△△を錦糸卵の代わりにすると、一際味が締りそうだが」
記号部はまったく未知な語彙で、まったく何を言っているのか分からんため、知っていそうな妖狼に聞いてみると、
「×××は腐敗した□□□の肉の部位の名称だ。〇〇〇は●●●が◎◎◎したのを水にさらした後にさらっと油で揚げたもので、△△△は▽▽▽の卵だな」
「ゲテモノというか……人が食べちゃならんものばっかりだろ」
ツッコミに切れがないのは聞いているだけで気色悪くなったからである。胃酸逆流しそう。
「オオカミよ、雪女は連れて来れるか?」
「可能ではあるが、なぜ?」
「麺を冷水で締めるのに、パンチが欲しいと思ってな」
いや、冷水どころか、凍っちまうだろ。パンチしたら粉々だ。
「冷蔵庫に水入れとけば十分だと思うぞ」
こういう場合には退室に限る。
「タカムラ、呪術師に言っておけ。明日の放課後、タカムラに試作品の食べ比べを遂行すると」
俺の予定とか意思とかまるで無視である。懸念が現実になるわけだ。
包丁を掌でパンパンと鳴らし、「分かったな」と雄弁に語るのは止めていただきたい。
理科室の扉を閉め、大きく思いため息をついた。あんなもん食えたものではなかろうに。
冷やし中華の対決が、食糧危機を起こす前に生命の危機をもたらしかねんともなれば、
「御主人、これは今までで一番いろいろとヤバくないか?」
狼に言わなくても、大衆が舌鼓どころか、舌が爆死しかねない事態を回避しなければならない。どうやら始めてはいけない闘争が始まってしまったようだ。最高の戦勝は始まる前に勝つことであろうが、もうおっぱじまってしまっている呪術師と死神の冷やし中華を巡る抗争の落としどころは一体どこにあるというのだろうか。
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