第2章 その1

 そもそもの発端は半月ほど前、ゴールデンウィーク明けの中間テストが終わり、高校に献血バスがやって来た時のこと。友人らとともに初めて献血し、教室に戻ろうとしていると、翳教諭に呼び止められた。招かれるまま保健室に入り、椅子に座らされた。翳教諭はやおら俺の腕をつかむや否や、絆創膏をめくり針の跡に鼻先を近づけた。

「どうだ? 体内に異物を差し込んだ初体験の感想は」

 目を細め意味深な言いようだ。

「イ、痛いに決まっているでしょ。先生、何か変な表現になってますよ」

「篁。お前、これから気をつけた方がいいぞ」

 脈絡もなく唐突にそんなことを言われて、「はいそうですか」と誰が受け入れられるだろう。

「お前の血は特別だ。呪術に、妖術に、魔術に使えば壮絶な術を施せるだろうし、妖怪変化がお前の血を飲めば、強大な力を得られるだろう」

 先程、O型+といたって普通の結果が出たばかりの血液にそんな成分があるとは思えない。

「型が問題なのではない。性質が異常だと言っている。はっきり言ってお前の血は危険だ。平穏なこの現在ではな。今まで出血くらいしたことあるとか言いたいのだろうが、昨日お前の誕生日だったろ。この年になって、お前の血の性質が変化したようだ。今回の献血でお前の血の匂いが拡散した。鼻の効く連中がそれを気付かないわけがない。お前、狙われるぞ。方々の輩からな」

「なんで、そんなことが分かるんですか?」

「私はヴァンパイアなのだ」

 指でクイと唇を広げ、八重歯よりも鋭利な牙を見せつける。

 瞬く間に後退して距離をつくった俺の反射神経の良さよ。血関係で一番接触してはならない存在が現前にいる上に、お墨付きを頂戴したわけだ。

「安心しろ。今のお前の血は飲まん。青臭いから、まだ寝かした方がいいんだよ。私は美食家からだから、飲まないだけで、にっちもさっちもいかない連中は味とか気にせんだろうな。ほら、早速」

 翳教諭が肩越しに親指を窓に向ける。

 見れば、何のためらいもなく窓を突き破って侵入してくる者が。

「ここか。おい、貴様血をよこせ」

 これが寿との初顔合わせだった。のこぎり鎌を首元に付きつけられて助かったのはひとえにそこにいた吸血鬼先生の力によるところ大であり、死神の存在を遠隔からでも感知した呪術師・準英が乗り込んで来て御札を撒き散らし、寿を後退させると、俺の血液を術に使うから提供せよとのたまいやがった。当然俺は拒否を示したが、死神の襲来を防ぐ代わりならとの条件提示を保留という形でしのいだのである。

 必要なら献血したばかりの二〇〇ミリリットルを盗めばいいだろうに、

「「そんな非人道的なことはできない」」

 などと両者とも答えやがった。狙ってる時点で犯罪未遂だと言うのに。それどころか二〇〇ミリリットルなどは足りないときた。

混乱したまま家に帰ると、母が嬉々として

「狼に良く似た犬でしょ」

と、玄関先にいたという生物を紹介。それが妖狼・羅との初対面であり、血を狙う一方で、仮の用心棒になることを買って出た羅を飼うことになった。

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