冷やし中華戦争を始めましょう、略しちゃマズい

金子ふみよ

第1章

「これより冷やし中華戦争を始めます」

 女子高生が高らかに宣戦布告をした。略称を言いそうになったので国際関係上大問題になりそうなので俺は全力で止めた。

 普通科のみのどこにでもある高校の食堂に、当校の主席・準英(みずもりはなぶさ)が夏服の袖を揺らして、とある女子に指差した。

「返り討ちにしてやる」

 受理したのは、整った顔立ちで、当世風なボーイッシュスタイル、というよりも時代錯誤のくノ一な姿の女子である。生徒でもないのにちゃっかりとランチに居座っている素性は死神である。しかも名は寿と言う。何が一体めでたいのだろう。

 空腹を満たすために集った生徒らはすっかり見慣れた様子に、拍手喝采をしている。その一方で俺は脳内で、かき氷がタイムリーヒットを打ったわけでもないのに、こめかみを押さえる羽目になっていた。なぜなら、

「篁、お前が審判だ。いいな」

 民間宗教祈祷呪術師として巷に轟く一家の跡取り娘の準からご指名を賜って、俺に拒否権がないことは民主主義統制下の満場一致で、全生徒から承認されることである。現に食堂内の視線が一斉に俺に向けられる。

「タカムラ、この法外な脂肪を胸部に蓄えている女に加担するなよ。与すれば、お前の命はない」

 準英には一子相伝の諸術を駆使して、死神の死刑宣告を受けた俺の身の回りに鉄のカーテンを施してもらいたい。そもそも、死神が人間界の法を持ち出すのはどうかと思うが、こんな毒舌は日常茶飯事である。

「取引停止の御胸のお嬢さん、お覚悟はよろしくて?」

 容赦のない準の言葉に、仰向けに寝れば地平線にしか見えない上半身の死神は肩をワナワナと震わせる。なるほど、アレは経済問題だったわけか。確かに現に貿易をしてないのに、摩擦で導火線に火が着いてしまっている。

「これで決着となれば、タカムラの血は私がもらう。異論はないな」

「結構です。あなたがそれをすることは叶わないでしょう。なぜなら、篁の血は私のものですから」

 治外法権もいいところで、俺の人権などをまったく尊重されていない。どうやら特殊な性質の俺の血のせいで、俺は、呪術師と死神から狙われているのだ。

「篁、またとんでもないことになってんな」

 保健教諭の翳(きぬがさ)先生がいつのまにかA定食のトレーを持って立っていた。

 さらには、

「御主人、これ、どうするんだ?」

 足元には、約二週間前から俺の家で居候しているペットが呪術師と死神のいざこざに辟易していた。名は羅(うすもの)と言う。俺が命名したのではない。本人が名乗ったのだ。そう。名乗ったのだ。羅は妖狼である。

「私が発端ではないだろ。それと、いつも言っているが、動物は校内に入れちゃいかんだろ」

 人語を話す狼を冷静に見下ろす翳教諭は、

「吸血鬼には指図は受けん。我に指示を出せるのは御主人だけだ」

 俺の血を判定したヴァンパイアなのだ。

「その御主人の血を狙ってるのはペットとしてどうなのだ?」

 まさに飼い犬に噛み付かれる恐れがあるのだが、

「この血液の専門家がいたからこそ、お前も狙えるようになったのではないか」

「別に教えてもらった覚えはない」

羅は、虫の居所が悪そうに鼻を鳴らして黙り込んでしまった。

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