第15話 乱世のM字開脚である

「はぁ……」

「…………」

「ふぅ……」

「…………」

「あぁ、うぁあ!」


 駒姫が床のうえで体をゴロゴロと転がして悶える。

 小袖を顔にあてて、


「ウーン」


 と唸っていたかと思えば、こんどは足をジタバタと鳴らす。

 かたわらで房がため息をひとつ漏らした。


「姫様、もういい加減にしてくださりませぬか。いつまでそうなされているのです?」


 あの日から、すでに六日がすぎようとしている。

 なのに部屋にこもり、こうしてひがな一日をずっと過ごしてきた。

 駒姫は小袖の間から紅潮した顔半分だけをチラとのぞかす。


「だって……虎清様のまえで、あんなに乱れてしまった」


 いくら男女の情事に疎い駒姫でも、肌をさらしてしまった恥じらいぐらいはわかる。

 

「しかもわらわとしたことがおかしな声をだしたうえ、止めないでくれと情けなく泣いてしまった。知らなかった。人から我が体を触れられると、あんな声が出てしまうとは……」

「でも、女子にとってそれは相手によりけり。つまり姫様は、虎清様のわざがよかったからでしょう?」

「わわっ、そんな。やめろ、やめてくれ……」


 駒姫はますます顔を真っ赤にさせ、しばし間をおいてコクリとうなずく。

 あとはふたたび顔を覆い隠してうつ伏せのまま動かなくなった。

 房は容赦がない。

 構うことなく抑揚のない口調で淡々とつづけた。


「ならば万事、結果祝着至極ではござりませぬか。何がご不満なのです?」

「うう……もっと……もっとああしていたかった。房がせっかく術をかけてくれたというのに、もうあんな好機はやってこぬと思う」

「ならばご安心なされませ。あの術の効果は日に日に薄れてまいりますが、私が解かぬかぎり完全には抜けませぬ。また機会は巡ってまいりましょう」

「そう……なのか?」

「はい。女子の道は、時にがっつかないこともだいじなのです。女子が己のものになった途端、態度を翻して餌を与えなくなる男もおります。ゆめゆめご注意なされませ」

「ほう……」

「とりわけあの虎清様というお方。さすがは好色の麒麟児と呼ばれた上山弾正の嫡子。一見似ていないように見えて、女好きの血を脈々と受け継いでいると見ました」

「そのもの言いはあまりにも虎清様に無礼であろう。それより房はあの日、始終を陰から盗み見ていたのか?」

「コホン、盗み見るとはそれこそ失礼な。私は姫様付けの女中として当然のお役目を果したまでのこと。当世の習わしでござります」

「なッ……!? こ、この――」


 八つ当たりしてわめく駒姫をよそに房は、


「それにしても――」


 と、過日の回想をはじめた。


「あの虎清という男。まさかああした手段をもって萌賀の秘術を破るとは驚きだった。自傷して自制心を取り戻すなど聞いたためしがない。あの一瞬、オスとしての本能よりも理性が勝ったということか。術を破られたのは口惜しいが、大したものと認めるほかあるまい。手を変えねばならぬ――」


 あれから虎清とは顔を合わせていない。

 女中たちから聞いた話によれば虎清は翌日の武芸の稽古を休みこそしたが、二日目からは普通に部屋から出てきて城下へ出かけ、調練もしているそうだ。

 虎清、おそるべし。

 術の仕掛けに手抜かりはなかったはずだ。


「これ房……房よ、さっきから聞いておるのか!?」

「――は、はい。なんでしょう?」

「術をかけられた虎清様は、どれほどあの最中のことを覚えておられるのだろう?」

「それは一割か、二割ほどと聞いております」


 駒姫がにわかに体中をカァーッと紅潮させる。


「に、二割も!?」

「ですがそれは、自制心の強弱から由来する個人差がございます。本人に尋ねてみなければ、はきとはわかりませぬ」


 しかしながら虎清の場合は途中で理性が勝ったのだから、半分の意識をたもっていたということ。

 五割分だけ覚えている可能性もある。

 駒姫が余計にうるさくなりそうなので伏せておくことにした。

 ともあれここ六日間。

 ずっとこんな状態が続いている。

 房にとって少し面倒くさい。

 あの時、二人が交わるところまで行っていれば、今ごろ上山家中は大騒ぎになっていたはずだ。

 しかしあそこで終わってしまっては、いかんともしがたい。


「畢竟、駒姫様が面倒になっただけで藪蛇だった。はやく虎清がたずねて来てくれないだろうか――」


 と思う。

 健気にも駒姫は別れ際に虎清が伝え残した、


「後日、必ずやお詫びにうかがいます――」


 という言葉を固く信じ、部屋から一歩たりとて出ずにジッと待っている。

 これはかなわない。

 耐えきれない気分になってきた房は一計を案じた。


「ときに姫様。そんなにお悩みならこちらから虎清様に会いに行くのはいかがでしょう? お怪我のお加減はいかがですかー?――などの乗りでよいと思います」

「え、え……そそそんな、わらわはどんな顔をすればよいのじゃ?」

「なんの、あのお方はかの真面目ぶりですから、意外に普通かも知れません。さて善は急げ。まいりましょう。失礼いたします」

「なッ……待ってくれ、待つのじゃ!」


 房は駒姫の手をつかむと、有無を言わさず部屋から引きずりだした。

 駒姫は足をピンと踏ん張り、寝転がって抵抗をこころみたが、房の力が強くてズルズルと持っていかれる。


「わかったわかった。もうグダグダ言わぬから手を放してくれ。虎清様が来るのをおとなしくして静かに待つから」

「なりませぬ。まいりましょう」


 そうして廊下の曲がり角にさしかかった時のこと。

 突として、誰かが反対側から出てきた。

 駒姫を引きずってきた房は、下を向いて力をいれて歩いていたので、そのまま出会い頭にデンとぶつかってしまう。


「キャッ」

「お……」


 弾き飛ばされてドスンと尻餅をついた。

 ぶつかった相手は虎清だった。


「これは房どの。すまぬ、大丈夫か?」

「つぅ……」


 ところが、もっと予想外のことが起こっていた。

 尻餅をついた房は、ムッチリとした腿をおっぴろげてしまっていたのである。

 くりかえしになるが、当世の女子たちの着物の下は何も穿いていない状態ノーパン

 やんぬるかな房は、半閃ぱんちらどころか全開まるみえ股座またぐらあらわにしていた。

 後世でいうところのM字開脚、これにほかならない。

 虎清の目には、房のフサフサと奥院への道筋が、くっきりとありのまま見えていた。

 

「ブッ……!!」


 それは虎清にとって、あまりにも刺激が強すぎた。

 萌賀の秘術が発動していないときは単なる無垢な若者。

 成熟して光り輝く房の奥院を参拝した途端、鼻血を盛大に噴き出してしまった。

 房は虎清にすべて見られてしまったと覚ったが、いまさら生娘のように騒ぐ年ごろでもなし。

 何ごともなかったかのように無言のまま着物を合わせ、威儀を正して駒姫の横に控えた。

 色香さえも諜略の道具とする萌賀の女子とはそうしたもの。

 今の瞬時に二人のあいだで何がおこったのかわかっていない駒姫は小首をかしげた。


「と、虎清様? お鼻からずいぶんと血が……」

「あ……これは駒姫様。いやぁ、今日は陽射しが熱いせいでしょうか? なぜだか急に鼻血を流してしまいました。ハハハ、これはしたり、なにゆえだろうか……ハハ」


 先日のことが脳裏をよぎり、頬を紅潮させ目線をそらす駒姫。

 房に恥をかかせまいとして必死に場をとりつくろう虎清。

 その脇で静かに控える房。

 虎清の力ない笑い声だけが無人の廊下で漂った。

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