第3話 コロナ禍とグェン君

「あかん!」

ワイは悲鳴に近い声を上げた


店の売り上げが壊滅状態である

中国武漢から始まったこの驚異のウイルスは

世界中の人々の生活を激変させた


人は蜜を避け

会合を忌嫌うようになったのだ

飲食店は特に打撃が大きく政府の時短要請もあり

夜の売り上げは17時から3時間で決まるという


ワイの店のような夜利用してもらう事が多い業態で

これは死刑宣言に近いのである

ちなみに通常の営業時間は17:00ー5:00(LO4:30)である


’ーランチ始めましたー’

唯一の選択肢として残された昼営業に手を出した

何が何でも売り上げを取らなければいけない、生きてゆくために

人材は新しくしなくとも夜から来てくれた

学校が休校になったとかで手が余ってるらしい

そんな中にベトナム人留学生のグェン君がいた


グェン「テンシュ」

店主「なんだ?グェン」

グェン「日本好き、一生暮らしたい」

店主「ならウチで社員やらないか?」

グェン「ムリデス」

………なんやねんこいつ


唐突なやり取りが始まったが

ランチ営業は大盛況である

元よりワイの店は隠れ名店として雑誌やTVで紹介されたこともある

実はちょっとした人気店であるのだ

店主「満を持してランチ激戦区へ参戦とな!最終兵器のお出ましじゃいガハハ」

そう自画自賛をしていると


グェン「テンシュ」

店主「なんじゃい!」

忙しい、クソ忙しい

捌いても捌いてもオーダーは山のように入ってくる

ワイは超音速で手を動かしながら

会話を続ける

グェン「社員のお給料いくらですか?」

………ワレ興味あったんかい


今日も今日とてお客さんの入りは

すこぶる好調でランチの売り上げは右肩上がり

コロナが落ち着いたら営業時間広げるか

ランチの人材も集めんとな

とかぜいたくな悩みを抱えながら

やはり社員がもう一人必要だなと思う


ワイはグェン君を気に入ってる

真面目だし手は器用だしいわゆる’できる人間’だからである

社員募集するくらいならアルバイトスタッフを

正規雇用しようと思うのは至極当然

何よりグェン君なら店を任せられる


店主「なあグェン」

グェン「ナンデスカ?テンシュ」

店主「社員の話よ、どう?やってみないか?」

ワイは少し真面目な顔をしてグェン君に聞いてみた

すると彼はこう言った


グェン「社員寮はありますか?」

意外に乗り気な反応である

店主「ありまぁす!」

ワイは某細胞の方のような勢いで答える

グェン「六本木のマンションに住みたいデス」

………ワイですら西日暮里やぞ

………せめて神田にせーや


なんだかんだで月日は流れ

ランチを始めてから店の人気度は

さらに高まっているようだ

コロナ禍で苦しい中これはありがたい


春が訪れグェン君の帰国の日がやってきた

日本語学校を卒業しビザが切れるため

ベトナムへ帰るらしい

店主「さみしくなるな、国へ帰っても頑張ってな」

ワイはこの店に尽くしてくれたグェン君をそうねぎらう

グェン「テンシュ、お世話になりました」

お互いに泣きそうになりながら別れの握手をする


グェン「ア、テンシュ」

グェン君がスマホを見せてきたどうやらSNSの画面を見せているようだ

店主「何?これアプリ?」

グェン「はい、ソウですベトナム帰ってもテンシュと繋がりたい」

そう言ってグェン君はワイのスマホを貸してくれという

アプリをDLして設定するらしい

ワイはグェン君に任せることにした


すると突然グェン君はワナワナと

怒り震えるような様子になる

あ、しまったーーーー


ここまで秘密にしてきたが

ワイのスマホのホーム画面には一枚の画像がある

そこにはハグし合いベロチューかました男女が二人


その男女とはワイとグェンちゃん

つまりはグェン君の妹だったのだ


するとグェン君は

それまで聞いたことのないような

完ぺきな日本語のイントネーションで一言



「あかん!!」




そう言って退けた


「なんなんもー!」

感動の別れが台無しである

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