第361話 挑戦者

 俺は元職場を後にして車で自宅へと帰ってきた。


「本当に、こ、ここがケンゴが住んでいた家なの?」


 俺の家を見るなり、リンネが信じられないと表情を歪ませる。


 俺の自宅は築四十年を超えるボロアパート。それを異世界の人間が見れば、いくらアニメで知識を仕入れていたとしても愕然とするのも無理はない。


「ああ、そうだ。俺は給料も安かったからな。極力固定費を抑えたかったんだ。こんな家でも住めば都さ」

「そ、そう……」


 地方の正社員の給料なんてたかがしれている。それでも家は必要だ。しかし、地方と言えどもそれなりのところに住めば、家賃もそれなりになる。


 それでは、家賃と水道光熱費を支払うと大した額が残らない。だから俺は出来るだけ固定費を抑えるため、家賃の低い物件を探して、絶対許容できない条件以外は妥協して住んでいたのだ。


「中も狭いわねぇ……」

「うむ。私達が住んでたスラム街の教会よりも酷い所だ。よく住めていたな主君」

「こんな所でも住めば都だったんだよ。異世界、いや、リンネたちが住む世界で、超古代文明の技術を手にするまではな」


 中を見るなり二人は散々な言いようだ。


 俺は部屋の中にある物を全て倉庫に仕舞い込み、インフィラグメのクリーンで家中をピカピカにした。


「このまま、もう帰ってこないだろうし、解約しておこう」

「そうね」


 俺は不動産屋に解約する旨を伝え、手続きを行った。その他にも解約した方が良い物や不必要な事に関しては断捨離をして身軽になった。


「とりあえずこんな所でいいか。みんなを呼ぼう」

「うむ。そうしてくれ」


 思いのほか様々な手続きに時間がかかり、昼近くになってしまったが、子供たちも呼び出し、獣人であるカエデと子供たちには魔法で耳と尻尾を隠してもらい、イナホはリンネの腕に大人しく抱かれていた。


「どこに行ってみたいとかあるか?」

「そうねぇ。私はやっぱり秋葉原かしら」

「私は神社仏閣と城を見てみたいな」

「遊園地ってとこ!!」

「あ、いいね!!」

「僕は動物園と水族館がいいな」

「肉」


 必要なことが終わったので、全員に行きたい場所を聞くと、てんでバラバラ。どうやら満足するまではあちこち回ることになりそうだ。


 ひとまず、特定の場所を指定しているリンネの秋葉原に行くとして、その前に……。


―クゥ~


「まずは、腹ごしらえだな」


 子供たちとイナホの可愛らしい腹の虫が聞こえてきたので肉が食える店に行くことにした。


 つまり焼肉屋だ。


「これが本物の焼肉屋なのね!!」

「うむ。楽しみだな」

『焼肉♪焼肉♪焼肉♪焼肉♪』


 俺は美味いと有名なお店に皆を連れてきた。


「あ、食材に関してはドラゴン肉みたいな味を想像するなよ。アルクィナスのロドスの串焼き屋くらいをイメージしておけ」


 しかし、こっちの味を知っている俺だからこそ、皆には釘を刺しておかなければならない。


 ドラゴン肉ともなると、こっちでは味わうことが出来ない程の美味さなので、正直こっちの肉を食べて、ドラゴン肉レベルを想像してしまう、がっかりしてしまうからな。


『はーい』


 リンネたちは俺の忠告に声を揃えて返事をした。


「おうおうおう。あんちゃんよ、おれっちの肉に不満があるってのかぁ?」


 しかし、そこに如何にも職人と言った出で立ちの五十歳くらいの男が割り込んできた。


「誰だ?」

「俺はこの店の店主よ。よくもうちの店の前でふざけたことを言ってくれたじゃねぇか」


 うげ、しまった。まさかそんな人物が俺達の話を聞いているとは思わなかった。

 

 なんとか話の誤解を解きたいところだが……。


「いや、そう訳じゃ「おうおう。さっきうちの店の肉は串焼き程度だって言ってくれたじゃねぇか」


 俺は誤解を解こうとするが、店主が俺の言葉に重ねて俺を睨みつける。


「はぁ、悪かった」

「別に謝ってほしいわけじゃねぇ。きちんと俺の店の肉の味を堪能してから判断してもらおうじゃねぇか」


 俺がさっきの発言を謝ると、ニヤリと笑って挑戦的な言葉を俺に投げかけてきた。


「え?いいのか?」

「おうよ!!度肝抜いてやるぜぇ!!」

「分かった。しっかり味わわせてもらおう」


 俺はまさか店の中に入れて貰えるとは思わず確認するが、快諾してくれたので、ドラゴン肉にチャレンジするその男気を見せてもらうことにした。


「待たせたな!!今日は俺のおすすめを持ってくるから味わってくれよ!!」

「ああ、よろしく頼む」


 席に案内された俺達の元に店主がやってきて、彼が直接準備したであろう肉が出された。


「よし、食べよう」

『了解!!』


 俺達は最初は全員で一種類の肉を皆で味わうことにした。


『いただきます!!』


 俺達は一斉に肉を口に含んだ。


 こ、これは……。


『うっまぁあああああい』


 俺達は口に含んだ瞬間に美味さが爆発した。


 肉の質としてはドラゴン肉に劣るだろう。しかし、一体何をどうやったらそうなるのか分からないが、下ごしらえによってドラゴン肉に迫るレベルにまで押し上げられている。


「へへぇ、どんなもんだ?」


 次の肉を持ってきてくれた店主が俺達の表情を見て、してやったりという顔をして俺達に尋ねる。


「おいしい!!」

「おいし!!」

「おいしいよ!!」

「美味い!!」


 店主に子供たち。


 ふっ。完全に俺の負けだな。


「あぁ。美味いな。変なことを言って本当に悪かったな」

「いや、いいんだよ。それでちょっと気になったんだが、お前たちが話していた肉ってのはどんなものなんだ?」


 俺が頭を下げると、店主は俺達が話していたドラゴン肉が気になったらしい。


「見てみるか?」


 俺は返事をするなり倉庫から肉を取り出してテーブルに乗せた。


「はっ?」


 店主は突然現れた肉に目が点になる。


「ど、どどどどどどこから出したんだ!?」

「気にするな。それで、これがさっき言っていた肉だ。悪口を言ってしまった詫びだ。貰ってくれ」


 出所を気にする店主だが、俺は適当に誤魔化して、可笑しなことを言った詫びの品として彼にあげることにした。


「い、いいのか?」

「ああ。食べて感想をくれたら嬉しい」


 今度は彼が俺に恐る恐る尋ねると、俺はにっこりと笑って答える。


「分かった。ありがたくいただこうじゃねぇか」


 店主もニヤリと笑って俺の挑戦を受け入れた。


 その後、大人組が子供たちのために肉を焼きながら、自分も食べつつ、満腹になるまで日本の焼肉を堪能するのであった。


「うんめぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 俺達が帰った後、店主の叫び声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

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