第360話 帰還。そして決別
「全員準備はいいか?」
『はい!!』
俺の前には転移当時の制服に身を包んだ高校生達がずらりと並んでいた。
「宇宙も一通り堪能できたと思うからそろそろ全員を転移直後の元いた場所に送る。俺は一週間は確実にこっちに滞在するから、どうするか決まった奴は、一週間以内に俺のメッセージアプリに連絡してくれ。一週間後までに連絡がなかった奴は自動的に地球に残る者とする。以上だ。転送を開始する。始めてくれ」
「承知しました。次元転送を開始します」
俺が今後の流れを説明した後、バレッタに命令を出した。バレッタはその指示に従って作業を開始する。
宇宙の世界を楽しんでもらった俺達は、俺達がいなくなってパニックになったり、車が事故ったりしないように、当初の場所に送り込んでもらうことにした。
「それじゃあ、またな」
『はい!!』
お互いの姿がかき消える寸前に挨拶をした後、すぐに俺の視界が変わる。
それはとても既視感のある風景。ここは通勤途中の俺の車の中だった。
「うぉ!?」
俺は突然、車の運転席に座らされたので、一瞬運転が怪しくなったが、そこは異世界帰りの超身体能力で制御してみせる。
高校生たちは戻るのか戻らないのか分からないので、こっちに居る間は能力が使えなくなっているが、俺は関係ないので調整は受けていない。
だからこういうことも問題なくできるわけだ。
「へぇ~、これが本物の車なのね」
「ふむ、テレビとやらで確認はしていたが、実際に見るとまた趣が違うな」
俺の車にいるのは俺だけではない。
リンネとカエデにイナホが一緒に付いてきた。リンネが助手席に座り、カエデが後部座席に座っている。イナホはリンネの膝の上でリンネに抱かれている。
流石に車が小さいので子供たちとは後で合流する予定だ。
リンネとカエデはアニメで履修済みで、シートベルトを締めて現代日本の車の中をあちこち物色している。
「特に面白いものはないぞ?超古代の乗り物と比べると陳腐そのものだ」
「それは比べるのが悪いわ。基本的に私でさえ、ケンゴに会うまでは普通の馬車で移動していたんだから。それと比べれば圧倒的に凄いわよこの乗り物は」
この車は普通の車の為、二人に釘を刺すが、リンネに反論されて俺はハッとした。
「そう言われればそうだな。超古代文明の技術が当たり前になり過ぎてたわ。あっちの文明レベルは低いんだったな」
異世界では超古代文明の技術に慣れ過ぎていたが、あれは異常だったことを思い出す。
裕福じゃないと魔道具なんて買えないし、夜は蝋燭などの火で夜を過ごさなければならないのに、俺達ときたら地球よりも快適な生活を送っていた。
俺達にとってそれはあまり大したことじゃなかったからうっかり忘れていた。
「ええ。それに、私たちがいた世界とは見た目も形も違うし、外の景色も全く分位が変わっているから、それだけでも面白いわよ?」
「なるほどなぁ」
リンネの返事に俺は感心しながら頷く。
「ひとまず、俺は仕事に行く途中だったはずだから、サクッと仕事辞めてくるわ」
もう一分一秒たりともこっちの仕事なんてしたくない。
「そんなにすぐ辞められるの?」
俺が気軽に答えたら、リンネが不思議そうに尋ねる。
ふふふっ。俺はいつでも辞められるように準備だけはしていた。基本的に生活のために働いていただけだからな。
生活の心配がなくなった今、この仕事にしがみついている理由はない。
「大丈夫だ。いつでも引き継げるように資料まとめてあるから。それに魔法使えば一発だ」
こんなことに使ったらダメなんだろうけど、俺を止める奴は誰もいないから、精神魔法で上司をちょろまかせば万事オッケーだ。
「それもそうね」
リンネも納得したようで俺はそのまま会社に向かった。
「すっげぇ。久しぶりだわ」
会社の駐車場に辿り着き、車から降りて久しぶりにみた社屋は、もう何年も来ていなかったような懐かしさを感じさせた。
「ここがケンゴが働いている場所なのね」
「本当に私たちの世界とは何もかもが違うのだな」
リンネたちも車から降りて一緒に興味深そうに眺める。
「それじゃあ、二人は待っててくれ」
「ちょっと中まで付いていってもいいかしら?」
「そうだな。興味がある」
「にゃーん(僕は寝てるねぇ~)」
俺は二人に待っているように言うと、二人は一緒に行きたがった。イナホは相変わらず食べ物が絡まないと興味を全く出さない。
俺としては面白いものなどないが、彼女たちにとってはこの世界の見る物すべてが興味深いのだろう。
「え?まぁ別にいいが。二人の姿を見られると厄介だから、インフィレーネで姿を隠しておくぞ?」
「ええ」
「問題ない」
俺は二人をインフィレーネで隠して社内に入った。
「ん?福菅君ではないかね」
「おはようございます。課長」
そこで一人の人間と出会う。それは課長だった。
俺に面倒事を押し付ける代表格だ。
「私より出勤が遅いなんて君も偉くなったものだね」
「ええ、自分今日で仕事を止めさせてもらうんで、ここでの上下関係なんてどうでもいいんですよ」
今日も嫌味から始まったので、もはや仕事なんてどうでもいいので言い返す。
立つ鳥跡を濁さず、とは言うけど、どうでもいいな。
「なんだと!?」
「それじゃあこれ、きちんと受理しておいてくださいね?」
俺の態度に驚愕する課長だが、俺は無理矢理いつでも出せるように準備していた退職届を課長宛てに渡し、必ず上にあげて受理するように魔法で催眠を掛けた。
「ぐわぁ!?体が勝手に!?何がどうなってるんだ!?」
「さて、荷物を整理して帰りますか」
自分の意志とは全く関係なく動く体に困惑する課長。
俺は事務所に行って自分の荷物を整理し始める。
「あれ?福菅先輩どうしたんすか?」
「ん?ああ、山下か。俺は今日でここを辞めるんだ」
「え!?マジすか」
その姿を見ていた後輩の山下が話しかけてきたので、辞めることを告げると、滅茶苦茶驚いていた。
「ああ。まぁ俺がいなくなっても頑張れよ」
「う、嘘っすよね?」
俺はなんの感情もなく答えると、山下は冷や汗を流しながら俺に問う。
本当にこいつはいつまでたっても成長しない。
もう入社何年目だっていうくらい大ポカをやらかし、その都度俺がその尻拭いをさせられた。しかもこいつは俺がミスをして、さも自分がどうにかした風を装うことが上手かった。
俺は何も言わなかったが、こいつの事は大嫌いだ。
「嘘なわけないだろ。いつまでもお前の尻拭いはうんざりなんだよ。じゃあな」
荷物の整理が終わった俺は、もう二度と会うことがないので、山下にも言いたいことを言ってその場を去った。
「え……」
去り際の山下の顔は呆然とした表情を浮かべていた。
「あはははっ。良い気味ね!!」
「そうだな。主君をこき使った輩は後悔すると良い」
車に戻ってきた俺達。二人は一部始終を見ていたので、茫然とする課長や山下の顔を思い出して笑っていた。
「まぁ、あいつらのことは終わったことだからもういいさ。せっかく帰ってきたんだ。日本を満喫しようぜ」
俺としてはもう思い出したくもないので楽しむことを提案する。
「そうね!!」
「うむ!!」
「にゃにゃーん!!(ごっはーん!!楽しみ!!)」
俺の提案の三人は口をそろえて賛成してくれた。
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