第273話 観光地巡り 前編

「それでは、一週間のご宿泊ですね?」

「ああ。それで頼む」

「畏まりました」


 ひとまず街で一週間程のんびり出来れば、帰りもゆっくり帰って新婚旅行としてはちょうどいいんじゃないだろうか。


「私が案内するぅうううう!!」

「分かったわ。よろしくね」

「はーい」


 ラムはお手伝いがしたいお年頃らしく、レイムから鍵を受け取り、俺たちの方に振り向く。


「それじゃあおじちゃん達私について来てね」

「おう。よろしく頼むな」

「はーい」


 元気良く案内するラムの案内で部屋まで移動して、俺たちはラムから鍵を受け取った。


 中に入ると部屋も宿全体と同じ雰囲気で作られていて、何ともホッコリする気分になる。


 ベッドは大きいサイズが一つで、否応なく夜の光景が想起される。しかし、今はこの街に着いたばかり。何はともあれ観光が先だ。


「リンネ、観光に行くぞ」

「え、あ、うん。そうね」


 俺がリンネに呼びかけると、リンネはハッとしたような表情になって慌てて答える。


「なんだ、体調でも悪いのか?」

「ううん、大丈夫よ、大丈夫」


 俺が心配になって顔色を窺うようにして覗き込むと、リンネは目を逸らして頬を赤らめた。


 ははーん、そういうことか。

 つまりはリンネも俺と同じ事を考えていたわけだ。


「リンネはエッチだな」

「な、何言ってるの!?誰もそんな事考えてないんだから!!」

「ふーん、ホントかぁ?」

「本当よ!!」


 俺がニヤニヤしながらリンネを揶揄うと、真に受けた彼女がムキになって俺に言い返す。


「そっか。それじゃあさっさと行こうぜ?」

「え?」


 俺があっさりと引いて出口に向かったのを見てリンネが拍子抜けしたような顔になった。


「どうかしたか?」

「いえ、なにも……」


 俺が振り返るとその場から動こうとせずにリンネが言い淀む。


「ほらほら、早く観光に行こうぜ?」

「そ、そうね……」


 俺が促すように肩を抱くと、不承不承と言った様子で歩き始めるリンネ。


 そんな彼女がいじらしくて、


「それとも本当にエッチな事をしたかったのか?」


 と、耳元に顔を寄せて囁いた。


「バ、バカ!!違うわよ!!変なこと言ってないで行くわよ!!」


 顔全体をゆでだこのように赤くしたリンネが、スタスタと部屋の外に向かう。俺はそんな背を見て苦笑しながら後を追った。


「おじちゃん、お姉ちゃんどこ行くの?」

「お、ラムか。観光に行くのさ」

「ふーん、それじゃあラムがまた案内してあげよっか?」


 エントランスに降りるとラムと鉢合わせ、話しかけて来たので行き先を答える。


 それを言えば、なんとラムが案内してくれるという。


 俺たちは元々名所巡りをするつもりだった。でも、ラムがの方が土地勘もあるし、最悪メグが彼女をどうにかするだろう。


「それじゃあお願いしよっかな」

「ふふーん、任せてよ!!」


 どっちにしろどうにかなると考えた俺がラムに依頼すると、彼女は胸を張ってそのぺたんこな胸をポンと叩いて引き受けた。


「先ずは何と言ってもここだよ!!」

「ここはなんて所なんだ?」

「えっとねぇ、忘れちゃった!!」


 俺たちが連れて来られたのは、空中に水球がいくつも浮かび、水そのものが寺院を形作っている建造物がある場所だった。


 確かにとても幻想的で、見る価値がある場所だが、ラムはなんという名前か忘れてしまったらしい。


「キュルルルルルッ(ここはサン・ウォリアンテ寺院よ。水の神を奉る為に使われていて、この本殿は国が出来た時からあったと言われているわ。でも実際の所は誰も知らないの)」


 ラムの代わりにメグが説明してくれる。


「なるほどな。カクカクシカジカらしいぞ?」

「へぇ〜、いつ誰が作ったか分からないなんて面白そうなところね!!」


 俺がメグの説明を通訳してやると、リンネは好奇心に目を輝かせて水の寺院を眺めていた。


「中に行ってきてもいいか?」

「ラムも一緒に行く〜」

「お〜、いいか?」

「ええ、いいわよ」


 俺達が船を降りて寺院の中の見学にいこうとすると、ラムも着いて来たいとせがむ。俺は念のためリンネに確認を取るが、リンネは特に気を害することなく頷いた。


「ラムは逸れないように手を繋ごうな」

「はーい」


 俺はラムが寺院の中で迷子になったりしないように手を繋いでやることにした。俺とラムが手を繋いで歩く。


「お姉ちゃんも繋ごうよ」


 俺と手を繋いでいるラムが、空いてる方の手をニコニコした笑顔を浮かべてリンネに差し出す。


「ふふ、いいわよ?」


 その申し出を快く受けたリンネは空いた方の手を握る。俺たちはラムを真ん中に挟むようにして寺院の入り口に歩いて行く。


「えへへ、なんだか、お母さんとお父さんみた〜い」


 俺たちの手を自分の手で大きく振らせながら、突然そんな事を呟く。


『〜!?』


 思いもしない言葉に俺とリンネは面食らってしまった。


 成人の男女とその間ではしゃぐ幼い女の子。確かに今の俺たちは家族に見えるかもしれない。


 それは確かにあり得る俺とリンネの未来で、俺とリンネは同じタイミングで顔を見合わせて、お互いに照れ笑いを浮かべた。


「ははははっ。ラムにはちゃんとした両親がいるじゃないか」

「それでもそんな気がしたんだもーん」

「全く仕方がない子ね」


 その時の俺たちは本当に家族みたいだった。

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