第272話 雰囲気の良い宿屋

「いやぁ、こりゃ凄い」

「面白いわね」

「外からくるお客さんは皆そういうの」


 俺達は今、空を走る水流の流れを登っている。


 この街は場所によって高低差が激しく、そこに行くためにはこの水流を使うらしい。地上の水路の出発点から空飛ぶ水流に乗ると、落ちることも無くその水の流れに乗ることが出来た。


 水が重力に引かれて落ちることも、水流に乗って底を抜けて落ちてしまわないことも、そして俺達が揺れや傾きで体勢を崩したりしないことも不思議だった。


 ラムはそんな俺達を面白そうに笑ってゴンドラに座っている。彼女が船を扱っているというよりはどちらかというと、メグが人が言葉を離せない代わりに人の相手をするためにゴンドラに乗っている、という感じなのかもしない。


 それでもそんな彼女のほんのちょっとの勇気で俺達が連れてこられているのでバカにしたりするつもりはない。


「ラムはまだ小さいのに店の手伝いをしてるのか?」

「うん、家族で経営してるから大変なの」

「そっか。偉いな」

「えへへ」


 ラムは見たところ小学生高学年になったばかりといった程度。こんなことを言ったらアレナは起こるかもしれないが、アレナよりほんの少し幼いくらいだ。


 俺は彼女を褒めて撫でると彼女は俯いてはにかんだ。


―ザブンッ


 しばし空飛ぶ水流に揺られていると、徐々に水路が近づいてきて、ゆっくりと水路に着水した。


「後もう少しでつくよ」

「おお、そうか」


 どうやらこの辺りは宿屋が多く集まっている地区らしく、背の高い建物が所狭しと並んでいて、その間を水路が通っている。そのため、少し薄暗く、地元の街の自分の知らない路地裏にちょっと足を踏み入れたような、非日常感を感じた。


「やっぱり賑わっているな」

「そうね」


 水路には多くのゴンドラが浮かんでいてどの船も客を乗せて行き交っている。


「通りまーす!!」


 路地を曲がったり、路地に出る際はラムが大声で自分たちがこれから通ることを周りに伝えて通り、どんどん区画の奥へと進んでいく。水竜のメグは全く迷うことなく自分の飼い主の店に向かっているようだ。


 帰巣本能があるか、人間並みの知能がありそうだから記憶しているか、どちらかと言えば後者なのだろうが、かなり複雑に入り組んでいるので、どちらにしても凄い能力なのは間違いない。


「あ~!!あれ!!あれがウチの店だよ!!」


 余程俺たちを迎えることが出来て嬉しいのか、船の上で飛び跳ねそうになりながら、俺達に自分の家を指で指し示す。


「なかなかよさそうだな」

「そうね」


 ラムが指し示した先にあった宿は、アンティークのように深い歴史と趣を感じさせ、それなりの年月が経っているのが逆に味を生んで、なかなか温かい雰囲気を感じさせる宿だった。


「お母さーん!!」


 ラムは家の近くの船着き場に船が到着するなり、俺たちを放って宿屋にはいっていってしまった。


「キュルルルルル(全くしょうがない子ね)」


 メグが船着場のヘリから首を伸ばして、そんなラムの後ろ姿を見て呆れたような表情で鳴いた。


「お前も大変だな」

「キュルルルルルッ(子供みたいなものだから可愛いものよ)」


 俺は苦笑を浮かべてメグの首を撫でると、俺の方を向いて慈愛を含んだ呆れ顔をした。


「お母さん、こっちこっち」

「分かったから。ラム待ちなさい」


 俺たち三人がラムを微笑ましく思っていると、宿の中からラムとよく似た容姿の母親らしき人物が、ラムに袖を引かれてやってきた。


 母親は滅茶苦茶慌てている。

 別に中で待っていても良かったのに……。


「あ、あら、こんにちは。あなた達がラムの言ってた方々ですか?」


 ラムの方に注意を向けていた母親が、俺たちに気付いて佇まいを正して、俺たちに話しかける。


「そうだ。この時期は宿が埋まってるって聞いてな。ちょうどキャンセルがあったからウチに来たらいいって誘ってくれたんだ」

「それはそれはうちの子が勝手をしてすみません。それで本当にウチに泊まって頂けるのですか?」

「佇まいが気に入ったから、後は中を覗かせてもらってから決めたいんだが、それでもいいか?」

「え、ええ、もちろんです」


 俺たちが本当に泊まってくれるとは考えていなかったのか、戸惑いながら苦笑いを浮かべて頷いた。


「だから言ったでしょ。お客さんを連れてきたって」

「本当だわね。ラムありがとね、助かったわ」

「えへへ」


 俺たちの会話を聞いていたラムが母親に向かって胸を張ってドヤ顔を決めると、母親は苦笑しながらも頭を撫でた。


 子供の事を否定しないのはいい事だ。


「私はラムの母のレイムと申します。それでは中にご案内しますね」

「ああ、よろしく頼む」


 レイムがラムを引き連れて俺たちを先導していく。


 中に入るとイメージ通りの空間が広がっていた。日本の昭和のレトロな喫茶店のような温かみと懐かしさを感じさせる、そんな店内だった。


 俺はすぐに気に入ってしまった。


「リンネ、ここにしよう」

「もちろんいいわよ」

「え、もういいんですか?」


 リンネに決定を伝えると、リンネも勿論わかってるとでも言いたげに肯定した。


「あぁ、雰囲気がとても気に入った」

「そ、そうですか。そう言ってもらえて嬉しいです。それでは手続き致しますので、受付まで来て頂けますか?」

「分かった」


 こうして俺たちはラムの導きによってなんとなく日本を感じさせる宿屋に泊まることになった。

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