第266話 挨拶回り

 あっという間に俺たちの手から離れた商店経営。しばらくして安定して運営できるようになったら他国への展開も考えているが、今のところはここでひと段落ということで良いだろう。


 これで主に俺がリンネの隣に立つためにやりたかった目標の多くは達成できたと思う。もちろんこれからも自分を高めていく努力は続けていくつもりだ。


「準備はいいか?」

「ええ」


 俺たちはこれから二人で旅に出る。旅と言っても今までの旅とは違う。二人だけでのんびりするための旅行、そう新婚旅行である。


 行く先はドワーフの国の先にある水の国ヴァレンティーナ。水路が町中に張り巡らされている海沿いの町が首都だという。


 世界で一番美しい街と称されるその街は訪れる人も多く、観光客に大人気になっているというので、新婚旅行の候補地になっていたが、今回晴れて目的地として選ばれたのであった。


 ドワーフの国までは転移で移動し、そこからはまた馬車でののんびりぶらり旅の予定だ。ただ、その前に忙しさで関係者各所に伝え忘れていることがある。


 それは俺達が結婚したということだ。


 だから、旅行に行くと同時に結婚したという報告もするため、お世話になった人達に挨拶回りをしてから旅立つつもりだ。


「うぉおおおおおお!!あのリンネが!!あのリンネが!!うぉおおおおお!!遂に結婚!!うぉおおおおおお!!」


 まず回ったのはグオンクの鍛冶屋だ。


 グオンクに報告すると、彼は仕事を取りやめて大泣きしだした。男泣きである。


「全くもう大げさね」

「大袈裟なもんかよ!!普通は二十手前で結婚するってぇのにお前と来たら……」


 リンネが呆れるようにグオンクに呟くと、腕で顔を押さえていたグオンクがガバリと顔を起こし、リンネに向かって叫ぶ。


「し、仕方ないじゃない……。私に言い寄る輩なんてほとんどいないし、居ても碌な奴じゃなかったもの……」

「そう!!人を寄せ付けなかったお前がこんなに丸くなって!!俺は嬉しい!!」


 リンネがバツの悪そうに顔を背けて言い訳すると、グオンクは再び大泣きし始めた。涙が虹みたいなアーチを描くのは流石に初めて見た。


「それじゃあ、リンネは任せたぞ!!」

「ああ、任せておけよ」

「それと二人とも旅行楽しんで来い」

『ああ(ええ)』


 暫く泣いていたグオンクが落ち着いた後、俺達は彼の店を後にした。


「ふぉっふぉっふぉ。あのリンネが結婚とはのう。月日は早いものじゃ」


 次にやってきたのは冒険者ギルド。グランドマスターに結婚の報告をすると、右手でひげをいじりながらどこか遠い目をする。


 今までの出来事を思い出しているのだろう。


「リンネがこの街に来た頃はそれはそれはやんちゃでのう。容姿と強さで男ども群がったんじゃが、こやつは一人残らずボコボコにしおってなぁ」

「ちょっ!?そんな昔のこと持ちださないでよ!!」


 グランドマスターはリンネがまだこの街きて浅い頃の思い出を語るが、リンネはグランドマスターの口を塞ごうとする。


 いや、まぁ出会った時にその片鱗は俺も感じたよ。俺も悪い部分はあったかもしれないが。助けたのに斬りかかってきたからな!!


「それが今ではケンゴ以外の人間ともある程度普通に話すようになったし、すぐに人に斬りかかることもなくなった。恋が人を変える。このことを体現するのがまさかリンネだとは、分からぬものじゃな」

「う、うるさいわね!!若かっただけよ!!」


 グランドマスターはニヤリと意地の悪い笑みをリンネ向かって浮かべると、リンネは不機嫌そうに顔を赤くして腕を組んでそっぽ向いた。


 まぁ自分の黒歴史を晒されるのは恥ずかしいものだろう。


「あいつらには儂から伝えておくからの」

「ああ、頼んだ」

「よろしく言っておいて」


 俺たちは今日は都合が悪くて会うことが出来なかった評議会のメンバーたちに言伝を頼む。できれば会いたかったが、一応この街、そして国全体のトップだからな。忙しくて当然だ。


 グランドマスターだってリンネがSSSランクじゃなければ中々会うことも難しいだろう。


「ふぉっふぉっふぉ。リンネがいっちょ前の女になったと伝えておくかの」

「普通に結婚したって伝えなさいよ!!」


 グランドマスターが最後にリンネをからかうと、彼女は絶叫した。


「いつかはすると思っていたが、まさかもうしてるとはな。恐れ入ったぜ」

「ははははっ。まぁな」


 次にやってきたのはロドスの店。


 ロドスは俺たちの報告に苦笑する。


「こりゃあめでてぇ。今日は俺のおごりだ。好きなだけ食ってくれ」

「いいのかよ?」

「その代わり、俺の時は盛大に頼むぜ?」

「全くちゃっかりしたやつだ」


 恩の先売りとは恐れ入る。流石商売人だ。


「リンネ様もこいつには振り回されるだろうが、ちゃんと支えてやってくれよ?」

「そんなこと言われるまでもないわ。つ、妻ですからね!!」

「そりゃあちげぇねぇ。こりゃあ暫くは大丈夫そうだな。がはははっ」


 ロドスはリンネに声を掛けると、リンネは恥ずかしそうに答える。その様子を見たロドスは大きな笑い声をあげた。


「何言ってんだ、ずっと大丈夫に決まってんだろ」

「さて、どうだかな?」


 俺の言葉に、意味深な言葉を返す。


 リンネに限って浮気なんてしないだろうし、俺にもそんな気はないぞ?


「ほらよ、二人に三本ずつだ」

「ありがとな」

「ありがとう」

「へへへ、よせよ。それじゃあ、またな」

「ああ、またな」


 俺たちは肉串を受け取ると、その場から離れた。


「ついにお二人も結婚ですかぁ。もちろん私は分かってましたがね?」

「ほう」


 最後に門番の所にやってくると、門番は自信ありげに返答する。


「ええ。これでも門番ですからね。観察力には自信がありますよ?まず前回帰ってきた時の二人の距離感がより親密なものになってましたし、リンネ様のお顔が非常に嬉しそうでしたからね、それはもう」

「な!?そんなことはないわよ!!」


 門番は初めは自身に酔ったような話し方をしていた門番だが、途中でリンネの方を向いてニヤリと口の端を吊り上げる。


 図星なのか、リンネは慌ててそんな事実はないと否定した。


「なんと!?剣神殿と結婚出来て嬉しくないと?」

「誰もそんなこと言ってないでしょ!?」


 仰々しい仕草でまさかそんなことはないですよね?と言いたげな表情で尋ねる門番に、リンネはさらに慌てて返事をした。


「では、嬉しいので?」

「ええ!!嬉しいわよ!!それがなんなの!?悪い!?」


 門番の流れるような誘導尋問に、リンネは相変わらずちょろっと引っかかってしまう。リンネはもう涙目だ。


「いえいえ、幸せそうでなによりですよ。極めつけはそのお二人の対になっている指輪。これをつけていて分かるな、という方が難しかったですね」

「もう知らないっ!!」


 リンネは忌々し気に門番の人を食ったような笑顔を睨みつけた後、ドスドスと先に街の外へと歩いて行った。


「流石だな。だが、あんまりからかいすぎないでくれよ?」

「いえいえ、門番として当然の嗜みです。……それに後で慰めやすいでしょう?」


 俺が苦笑を浮かべて肩を竦めると、慇懃無礼に礼をとった後、俺の耳に顔を寄せて小声で囁いた。


「はぁ……お前も悪い奴だな……。まぁいい。それじゃあ、暫くのんびり旅をしてくるわ」

「ええ、行ってらっしゃいませ。リンネ様とお幸せに!!」


 俺は離れた門番に別れを告げ、彼はわざとらしく最後の言葉をリンネにも聞こえるように叫んだ。


「そんなの当然よ!!」

「じゃあな」


 リンネが振り向いてムスッとした表情で叫び返し、俺は手を挙げて街の外へ歩き出す。暫く歩いた後、転移でドワーフの国の領土へと跳んだのであった。

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