第092話 予選

 獣王との邂逅から一週間、俺たちは案内された個室で過ごした。


 城の兵士たちと模擬戦したり、他の人間も一度気絶させる作業なども行って安全とトラブル防止策を行い、城内なら何も問題ない状態だ。


 ただし、あまりに暇だったので馬車を出して、中で作品をみたり、イチャイチャしたりした。さらに、船に戻ってトレーニングルームで模擬戦したり、バレッタに食事を作ってもらったりして時間をつぶしていたが。


 しかし、カエデに関しては一旦スラムの教会跡に帰った。あそこには子供たちがいるから流石に1週間も離れていることはできない。俺は食料などの必要な物を持たせて一度帰らせたのだ。


 ひもじい思いをさせるのは嫌だしな。大会が終わり次第、船に連れていこうと思う。


―コンコンッ


 1週間後の今日、俺たちが全員集結してのんびりしていると、ドアを叩く音が聞こえた。


「はい」

「シンだ。準備はいいか?」


 返事をすると、やってきたのはシンのようだ。

 大会の準備が整ったらしい。


「おう」

「それじゃあ、出てきてくれ」


 俺が肯定すると、ここにいる全員で部屋から出る。


「行くぞ。ついてきてくれ」

「了解」


 俺たちはシンの後に続いて歩いていく。


 町に出ると、日中はあれ程にぎやかだった町が今日は静まり返っている。

 まるで誰もいないかのようだ。


 しばらく歩いて辿り着いたのは街の外の平原。


 そこには正方形の石で出来た舞台と、数えるのも億劫なくらいの獣人達が集まっていた。


 町が静かなのは文字通りほとんど人がいなかったことに気が付いた。


 正方形の舞台は思いのほか大きく、数百人は乗れそうだ。


「これより獣王武術大会予選を始める」 


 ボーっとしていると、獣人達の前に居る獣王の所に案内され、気づけば何の脈絡もなく、大会が始まった。


 コロシアムみたいな場所でやるのかと思ったら、まずは予選かよ。


 しかもこんなだだっ広い所に舞台一つしかないぞ?

 予選の消化に何日かかるんだよ。


「予選の試合は、ケンゴ対本戦出場者を除くこいつら全員だ」

「はぁ!?」


 何言っちゃってんのこいつ!?

 何人いると思ってんのよ、舞台に乗らないぞ?


 もう一度言ってクレメンス。


「だからここにいる全員とお前が戦うんだよ。もちろん舞台は一つだけだから、獣人側は脱落者が出たら逐次追加していく。聞いた限りお前が気絶させれば、正気をうしなわなくなるんだろ?」

「そうだが……」


 当たり前のように言う獣王に俺は言葉を失った。


 いや確かに町の住人のほとんどどころか、獣人国の多くの民がここに居そうだから、ここで倒しておけばかなりトラブルは減ると思うけどさぁ。


 これ休憩なしってこと?


「なら手っ取り早いじゃねぇか。それに予選はお前が来たときにはすでに終わってたんだよ。後から本戦に出るならこれくらい余裕でこなしてみせろ。ちなみにお前は全員倒すまで休憩なしだ」


 悪人のような笑みを浮かべて獣王が宣う。


 うわぁ、思った通りだよ。


「へいへい、分かったよ。やりゃあいいんだろ、やりゃあ」

「分かればいいんだよ、さっさと舞台に上がれ」


 確かに俺は歩く病原菌みたいなもんだ。

 ここで事態を収拾できるならそれにこしたことはないだろう。

 

 俺は渋々舞台へと上がった。


「よーし、おまえら200人ずつ上がれ」


 俺が舞台で準備すると、獣人達もぞろぞろと舞台に上がってきた。


「へへへ、あいつを倒して本戦に出たら、あいつの肉食えるんだろ?楽しみだぜ」

「お前にゃ無理だろ。いただくのは俺さ」

「いやいや、俺が勝つに決まってんだろ」


 舞台に上がった奴らが舌なめずりしながら俺に近づいてくる。


 そんな話になってんのか。それにしても昼間でもそんな話をしているってことは親切も美味そうに見えるからってことだったんだな。そして夜はその気持ちに抑えが効かなくなって襲ってくるって訳か。


 なんて迷惑な……いや迷惑なのはこんな誰も持ってないようなスキルをもって獣人国に訪れた俺か。


 許してくれ!!俺はどうしても動物に好かれたかったんだ!!


「双方揃ったようだな。審判はこのシンが務める。勝敗は舞台から落ちるか、相手が気絶orギブアップした時だ。お互い準備はいいか?」

「問題ない」

『いつでも!!』


 審判としてシンがお互いの間に立ち、問題ないかを確認する。


「それでは…………始め!!」

「ヒャッハー!!」


 前列にいた獣人達が一斉に襲い掛かってくる。しかし、俺はたった一人、それほど大人数で攻撃することは難しい。


 俺はすぐさま隅へと下がって獣人達を待ち構えた。襲われる方向や数を限定するって大事だと思うの。


 見る限りこの200人に強い奴はいない。


 全員チンピラ上がりのような感じで、少なくとも町で相対した武術家のような雰囲気の相手はいなかった。


 そして俺は今日は刀さえ持っていない。

 素手で、つまり相手の土俵で戦うつもりだ。


 なぜかって?


 そりゃ暗殺拳とか古武術とか、○○拳法とか○○神拳とかめちゃカッコいいじゃん!!


 やっぱり憧れるだろ!?ああいう武術にさ!!


 ふふふ、どうせ逃げられないのなら、この大会で全て盗んでやるぜ!!


「大人しく死んで肉になれや!!」

「うるさい!!お前が死ね。喧嘩パンチ!!」


 剣術は習ったが、格闘術はさっぱりだ。


 俺は最初に辿り着いた獣人に剣術の基礎の体の動きのみを参考にして素人パンチを繰り出した。


「ほげぇ!!」

「うわぁ!!」

「な、なんだぁ!?」

「くるな、くるな、くるなぁ!!」


 素人パンチにも関わらず、高レベルかつ高ステータスから繰り出されるパンチは予想以上の威力で、獣人達を巻き込み、あるいはなぎ倒しながら最初の男は舞台の外へと飛んでいった。


 獣人達はまさか仲間が飛んでくるとは思わず、狂乱になり、上手く俺に向かってくることができない。


 俺はその隙をついて次々と喧嘩パンチと喧嘩キックで獣人達を吹き飛ばす。


「20人失格。20人追加!!。30人失格、30人追加!!」


 しかし、脱落するたびシンによって新たな獣人が舞台へと上がってくる。


 ほんの少しずつではあるが、後から来た敵の方が手ごわい気がする。

 つまり後になればなるほど、強い奴がやってくるってことか。

 なんて鬼畜な仕様なんだ!!


 俺は内心で悪態をつきつつもさばき続ける。


 それからどれだけの時間さばき続けただろうか。


 すでに一度辺りは暗くなり、そして明けている。


 本当に雑魚と言える者が少なくなってきて徐々に体術を使って攻撃を仕掛けてくるものが増えてきた。


 それでも現状は圧倒的な身体能力と、少しずつ体術の体の動かし方を観察して徐々に動きを取り入れていく俺は問題なく処理していく。


「こいつ強くなってないか!?」

「マジだ。最初は素人もいいような動きだったのに、今はそれなりに武術を収めたやつくらいになってる」

「こいつ俺たちの動きを盗んでいるんじゃないか!?」

「こりゃあ四の五の言ってる場合じゃないな。協力して叩くぞ!!」

『おう!!』


 俺が相手を観察して学習しているのを察したらしく、今までは連携などすることがなかった参加者たちが連携し始める。


 とはいえ、舞台の端に居る俺に攻撃を仕掛けるのは前から以外はない。


「ふぎゃぁ!!」

「ぬわぁ!!」

「ぶげほぉ!!」


 あっという間に連携している獣人達を蹴散らしてしまった。


 こうして俺は相手から体術を学びながら予選を戦い続け、全員倒し終えた時には4度ほど日が暮れ、日の上っていたのだった。


 予選が終わったその日、幸い本戦は次の日からだったので俺は一日寝続けた。

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