第083話 誇り高き少女

 彼女は丈の短い忍び装束っぽいものを身に着け、マフラーを捲いて口元を隠していた。


 うぉー!!黒髪黒目の猫獣人の少女きたー!!


 と、そんな場合じゃないな。


「まずはこれを飲め」

「ハァハァ……な、なんだこれは」

「治療薬だ」

「ハァハァ……ふ、ふん、信用できないな」


 俺が差し出した治療薬の瓶をあからさまに怪しんでいる。


 それが当然の反応と言える。しかし……


「問答無用!!」

「な、なにを!?」


 俺は有無を言わさずに瓶を口の中に突っ込んで、頭を反らせて無理やり嚥下させた。


「ゲホッ、ゲホッ。な、なにをする!!」


 無理やり飲まされた彼女は俺を睨みつける。


 問答も面倒だから力づくでいかせてもらったぜ。


「どうだ?」

「な、なにがだ?……お、おお、これは!!」


 俺の問いかけに、何言ってんだこいつはという表情ををしながら何かを探るような仕草をすると、途端に顔に驚愕の色を浮かべた。


 それもそのはずやせ細っていた体に力がこもっているだろうからな。


 治療薬は即効性の栄養剤のような作用もある。

 一時的ではあるが、かなり元気になるはずだ。


「助かった。礼を言う」


 黒猫ちゃんが頭を下げた。


「それじゃあ、邪魔したな」

「ど、どこへ行く!?」


 礼を確認した俺は後ろを向いて手を振り廃墟を出ようとするが、後ろから切羽詰まったような声を掛けられた。


「そりゃあ、ここにいると分かれば外の練習が襲い掛かってくるからな。また身を隠すさ」

「そ、それなら私の家に来ないか。こ、このまま返したとあっては一族の恥。ど、どうかきちんと礼をさせてほしい」


 声に俺が振り返って予定を告げると、誘いを受ける。黒猫ちゃんの表情は無表情を装っているが、汗をかき、必死に本能に抗っているのが窺えた。


 そんなに無理してまで礼をしてもらう必要なんてないんだけどな。


「別にたまたま見つけたから助けただけだ。気にしなくてもいいぞ」

「そ、それは駄目だ。な、何もできないが、せめて匿うくらいはさせてもらえないだろうか」


 それほど礼をされるようなことをした覚えもないので俺は首を振るが、黒猫ちゃんは一歩も引く気がないらしい。


 正直インフィレーネで隠れればいいだけだから、この誘いはむしろ迷惑だ。

 しかし、礼をしたいっていう気持ちを無碍にするもの悪い。


「はぁ……分かった。連れて行ってくれ」


 俺はため息を吐きながら承諾した。


「し、承知した」


 彼女は嬉しさと苦しさが同居するような顔で返事をする。


 本能に抗う苦しさに耐えながら理性を保って礼をしようとは驚きだ。


「ついてきてくれ」


 彼女の先導に従って身を隠しながらスラムの中を進んでいく。


 俺は念のため、俺達両方を周りからインフィレーネで遮断しておいた。

 何かの拍子に他の連中に見つかると、俺だけならまだしも彼女が危ないからな。


「ここだ」


 彼女の後をついていくこと数分。そこにあったのはさびれた教会だった。


 後に続いて中に入るが、荒れ放題でとても人が住んでいそうには見えない。

 しかし、探知すれば小さな気配が地下にあるのが分かる。


「ちょっと待っていてくれ」


 黒猫ちゃんは奥の壁を触ると、まるでからくり屋敷のように地下への入り口が顔を現した。


「こっちだ」


 彼女は俺に声を掛けて階段を下りていく。


 後ろの壁が元通りになって真っ暗になるが、獣人は夜目が効くらしい。

 俺もインフィレーネでも、俺自身も魔導ナノマシンのせいか、夜目が効くようになっているので問題ない。


「真っ暗だな」

「そうか、あなたは人間だったな。すまない」

「気にするな。問題ない」

「あなたは不思議な人間だな。そういえば名乗っていなかった。私はカエデという。よろしく頼む」

「まぁ変な奴だと思う俺自身。俺はケンゴだ。よろしくな」


 階段を下りながら自己紹介を済ませると、底にたどり着いた。


 そこには木製の扉があり、あけるとそこには小さなが影が複数いた。

 ほの暗いが、ろうそくらしき物がいくつか建てられていて最低限の光が確保されている。


 俺達が室内に入ってきたのを見つけると、その小さな影がワッと群がってきた。


「にく~」

「お肉だ~」

「ガオー」

「食べてやるぅ!!」


 俺の腕に噛みついてくるちび獣人達を手刀で優しく気絶させる。


 大人でも抑えきれない衝動を子供が抑えるというのは無理もいいところだ。

 それにインフィレーネだと俺が倒したということになるか微妙だからな。


「な、なにを!?」


 その行動に避難の声を浴びせるカエデ。


「いや、こうしないとあの子たちは俺を見たらずっとあの状態だからな。それに痛めつけたわけじゃないからすぐに目を覚ますだろう」

「そ、そうか……」


 カエデは俺の答えに戸惑いを浮かべながらも納得する。


「カエデも一度気絶しておくか?」

「ふん、黒猫族はこの程度の誘惑などに屈したりはしない!!」


 腕を組んでそっぽを向くカエデ。


 なるほど。本能を刺激する衝動さえ押さえつける、見上げた矜持だ。

 でもやっぱりスキルの効果あるんだな。


「そうか。問題ないならいい」

「ああ、しばらくここで休むと良い。何もないが、見つかることはないだろう」

「ありがとよ」


 俺はしばし教会の地下で過ごすこととなった。

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