第084話 少女の事情

 俺は特に椅子やソファーがあるわけではないので、床へと腰を下ろす。


 カエデは近くに寝かさせている子供たちのそばに座って慈しみのある表情を浮かべていた。


 それにしても、廃屋の奥の隠し部屋にひっそりと暮らす何人もの子供たち。粗末な服を着ていて、さっき気絶させた時に体に触った時に確認したが、あまり食糧事情がいいとも言えない。


 そして……やせ細った彼女。


 それだけで何か事情があるのは察するに余りある。


「なぁ、どうしてこんな所に住んでいるんだ?」


 見過ごすことが出来ずに俺はカエデに尋ねる。


「それは……」


 カエデは言いよどむように俯く。


「言いたくないならいい。すまん、差し出がましいことを聞いた」

「いや、構わない。この状態を見たら気になるだろう。何かすることがあるわけでもないから時間をつぶす間話そう。何大したことではない。ここにいる者たちも親はなく、路頭に迷っていたのを見過ごすことが出来ずに私が拾ってきた。しかし私は弱く、獣人は弱肉強食だ。しっかり養えるだけの稼ぎを得ることが出来なかった。その結果がこれだ。この子たちにはひもじい思いをさせて申し訳ないと思っている」


 俺が頭を下げると、彼女は首を振って語りだした。


 獣人としてはありがちな話っぽいな。


「あれだけ気配を殺すことができるならなんでもできそうだが?」


 でも、カエデ程気配を断つ技術を持っているなら諜報に役立ちそうだし、モンスターだって忍び寄って殺すことも訳ないはずだ。


「獣人は諜報などは卑怯者のやることだと思っている奴らがほとんどだ。それに、私の力ではほとんどの相手を倒すことができないんだ」


 悔しそうに語るカエデ。


「じゃあ、その技術を使って、どこかに忍び込んで盗みを働いたり、暗殺などの後ろ暗い仕事を受けたりはしなかったのか?」

「黒猫の一族の端くれとしてそんなことできるか!!それにそんな汚い金でこの子たちを養うなど、この子の親たちに顔向けできん」


 彼女は勢いよく立ち上がって叫んだ。


 やはり曲がったことが嫌いのようだな。

 こんなに真っすぐなら努力もしただろうし、そんな彼女が稼げないというのが信じられないが……。


「カエデは真面目だし、なんで稼げないんだ?」

「私は……低階位限界症候群という原因不明の病気なんだ」


 俯いて服の端を押さえて堪えるように答える彼女。


「なんだそれ?」


 聞いたこともない病名に俺は首を傾げる。


「知らないのか?まぁそれほど多くいる病ではないから知らないのも無理はない。低階位限界症候群というのは、簡単に言えば、通常レベルが99まで上がるのが普通なのだが、それ未満で止まってしまう人間達のことだ」


 俺がそんな病名を知らないと見るや、彼女はホッとため息を吐き、そのまま説明を続けた。


 獣人の間では蔑まれる対象か何かなのかもしれない。

 なるほどな、確かにそういう人がいてもおかしくはない。


 でも、多少なら問題ないように思えるが……。


「そして、私は低階位限界症候群の中でも極めてまれな例で、レベルが1から全く上がらないんだ……」

「そういうことか……」


 ようやく腑に落ちた。


 レベル1だと大抵の敵にステータス差でダメージ与えることは難しいだろう。

 しかも彼女は真っ当な仕事しかしない。

 それではなかなか稼ぐのは難しい。


「そしてそんな病にかかっていたから私は里を出奔することになった。両親は最後まで抵抗してくれたが、里の掟は厳しく、どうにもならなかった。幸い隠れるのは得意だったから、規模が大きく、なんとか仕事ができるこの街に居ついたわけだ」

「それでも犯罪に手を出さずに一族の誇りを守ってるんだから凄いと思うぞ」


 レベル1のままでここまで曲がらずに生きてきたのは素直に称賛に値すると思う。


「ふふ、慰めでもそういってもらえると嬉しいな」


 彼女はぎこちなく笑った。


「ふわぁ……」

「あれぇ、お姉ちゃん?」

「ねぇね……」

「zzz」


 しばらく話し込んでいてそれなりに時間が経っていたらしい。子供たちが目を覚まし始めた。その子供たちを見て俺はあることを思い出していた。


 俺も出来ればこの子たちを助けたい。


 そして彼女を解析すると、そこには一つのスキルが存在していた。


 その文字を見た瞬間、


「なぁ。力がほしいか?」


 俺はその言葉を発した。 

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