第077話 豹変

 寝静まった深夜。それは起こった。


「起きて」

「ん?」


 リンネに揺り動かされて起こされる。なんだろうか、まさか今からおっぱじめる気なのか!?


「何を考えてるかわかるけど、全然違うわ」


 顔に書いてあったらしく、リンネに呆れた顔をされる。


 いやまぁ、エルフの国では散々したし、暫くは良いような気もするな。しようと思えばいくらでも出来るけど。


「それはそうと、この宿包囲されてるわ。もうすぐこの部屋に向かって大勢の人間がなだれ込んでくる」

「なんだと!?」


 探知をすると、確かに宿を大勢の獣人が囲い込み、中に向かって彼らが侵入してくるのが分かった。宿の主人らしき人物も止めようとしない。彼らは真っすぐ俺たちの部屋に向かってくる。


 一体何のつもりだ?


 俺たちはすぐに寝間着から着替えて彼らを待ち構えた。


―ガチャリッ


 閉めたはずのカギが外から開錠される音が静けさの中に広がる。


「チッ。お待ちかねかよ」


 まず入ってきたのは俺たちを案内してくれたダロであった。その後ろにジロとモロ、それに町長もいる。彼らの目は暗闇にあって怪しく輝いていた。


 町ぐるみの犯行ってことか……。


「おいおい、なんのつもりだ?」

「そんなの決まってんだろ?食料を取り立てにきたんだよ」

「そんなの明日でいいだろ。こんな時間にくる必要はない」


 俺は呆れるような仕草をしながら問いかけると、彼は当然のように言った。


 こんな時間にそんな用で人の所を訪れるなんておかしい。町全体も活気があり、食料が足りないという様子もなかった。


 それに今のような荒々しさも感じなかったが、一体何がどうなってやがる。


「いいや。そうはいかない。食料ってのはお前ら自身なんだからなぁ!!」


 ダロがそう言いながら、腰に佩いた曲刀を抜き、他の獣人達も同様に俺たちに襲い掛かってきた。


 俺たちの部屋は一番いい宿の一番いい部屋ということもあってとても広く、武器を振り回したりしても何の支障もない。


 その時、ちょうど外から月の光が差し込み、彼らの顔を映し出す。


 その瞳は血走っていて、とても正気とは思えなかった。


 何が起こってるか分かりもしないのに、流石に殺すのはやりすぎだろう。命を狙われたとはいえ、俺達には力があるし、彼らでは俺たちを殺すことは難しい。気絶させていこう。


「リンネ殺さない程度に手加減してくれ」

「わかったわ」


 俺達は襲い掛かってくる彼らを丁寧に気絶させていく。


 一般人はCランク程度だろうか、偉い人達はBランク程度の実力はある。しかし、俺たちは実質SSSランク以上のSランクとSSSランク。サクサク敵が倒れていく。


 しかし、彼らは止めどなくやってきて、怯むことも無く戦いを挑んでくる。


 まさに狂戦士という言葉ふさわしい振る舞いであった。


「ち、キリがないな。リンネここを離れるぞ。イナホを連れてきてくれ」

「わかったわ」


 部屋中を気絶した獣人達が埋め尽くし、足の踏み場も少なくなってきた頃、こりゃらまらんと俺はリンネに合図をして、敵をさばきながら窓を開ける。


「連れてきたわよ」

「よし、行くぞ」


 イナホはリンネの腕の中でグースカ寝ている。


 ホントに図太いというか鈍いというか、こいつこんなだから盗賊捕まったんじゃないのか?


 そんなことを考えながら俺たちは窓の淵に足をかけ、一足飛びに外へと飛び出した。足元にインフィレーネで障壁を展開。空中の前方に次々展開することで空をかけていく。


 しかし、後ろを振り返ると、屋根の上を飛び跳ねるようにして追ってくる獣人が見えた。


 うわー。流石獣人。本気は出してはいないとは言え、屋根の上を普通に走ってくる。いや、レベルのある世界ならこのくらい当然なのか。その中でも獣人はことさら身体能力が高そうではあるが。


 獣人の身体能力を見れるなんて感動だなぁ。


―スパンッ


 近くで剣が鋭く振るわれる音が聞こえた。


「よそ見してるんじゃないわよ!!」


 首を元に戻すと、リンネに注意される。リンネは片手でイナホを持ちながら剣を振っていた。


 おっとうっかり獣人の身体能力に見とれてしまった。

 振われた剣の下には弓矢が真っ二つになって落下しているのが見える。


 うわ、追いかけるだけじゃなくて弓兵までいるとかどれだけ逃がす気がないんだ?


 俺たちが何かした覚えは全くないんだが……。

 まぁいい。俺達を傷つけることも、追いつけることもないだろう。


 案の定俺たちはそのまま町から離れ、追いかけてこない所までやってくることができた。


 一体あの豹変ぶりはなんだったんだ……。


「zzz……」


 隣のリンネの腕の中で相も変わらずイナホはぐっすり夢の中であった。

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