第047話 蜘蛛の糸に絡め取られた哀れな傀儡
リンネを必死に宥め、なんとか落ち着いてきたので、俺たちは昼食を摂ることにした。
「こちらが今回ご用意させていただいた料理となります」
バレッタがそう言って出したのはもちろん赤飯。それと普通のご飯もある。
それととんかつや豚の角煮などのおかずに、ほうれん草と人参の白和えやきんぴらごぼう、ひじき煮などの副菜、そして豚汁やお吸い物などを再現した料理がテーブルに所狭しと並んでいる。
「おお、これは美味しそうだ!!」
「えっと……虫や泥水みたいな料理ね」
俺が日本料理に目を輝かせる向かい側で、しかめっ面をしているリンネ。
「どれの話だ?」
「これとかこれとか」
俺は虫っぽく見える料理を聞くと、ひじきやご飯、そして味噌汁が指さされた。
なるほど、こっちの食文化にないから見た目虫っぽく見えるのか。
勇者は来たことがあるけど、それほど流行らなかったのだろうか。
「この白いのは肉や魚とかのおかずとめっちゃ合うからぜひ食べてほしいんだよな」
「うーん、仕方ないわね。ケンゴがそういうなら思い切って食べてみるわ」
俺が期待の視線を送ると、リンネは決意したような表情になる。
「それじゃあ、いただきます!!」
「いただきます」
俺とリンネは日本式の挨拶をして食べ始めた。
「何これ美味しい!!」
リンネはとんかつを食べるなり、目をキラキラと輝かせ始める。
「それは豚肉をパン粉で包んであげた料理だな。俺の好物の一つだ。バレッタが俺の故郷の料理を再現してくれているんだ」
「ふ、ふーん。こ、好物ね………ふーん」
俺が好物と言うと、意味ありげに呟くリンネ。
「どうしたんだ?」
「べ、べつに!?なんでもないわ!!」
そういって再びとんかつを食べると、次にご飯を口に入れた。
「何これヤバいわ!!」
リンネは目を見開いてこちらを見る。
「だろ?おかずとご飯の相性は最強なんだぜ?」
「そうね、白い虫みたいだけど、おかずとこのご飯っていうの?二つの味が合わさると、手が止まらないわ!!」
俺がにやりと笑ってリンネに視線を向けると、実際に手が止まらなくなっていた。
それからリンネは、
「何これ!!泥水かと思ったら美味しいわね!!」
「このオーク肉の煮た奴とご飯の組み合わせも半端じゃないわ!!」
「こっちの副菜はさっぱりしたものが食べたくなった時にちょうどいいわね!!」
などと食べまくる。
おいおい、そんなに小さくて細い体のどこに入ってるんだ、というくらいに食べていた。でも俺も負けじと食べまくった。おおよそ一カ月ぶりの日本食もどき。箸が進まないわけがない。
それに魔導ナノマシンが余分なカロリーは別の栄養素に変換してくれたり、分解してくれるので、いくら食べても問題ない。
がはははは、勝ったな!!
「ぐふ……。食い過ぎた……」
「わ、わたしも……」
そう言いながら食べていたら、食いすぎて突っ伏して動けなくなってしまった。
しかし、
「食後のデザートなどはいかがでしょうか?」
とカートを押してやってくるバレッタ。
「デザートですって!?」
それに対してガバッと体を起こし、目の色を変えるリンネ。
俺は流石にもう入らんぞ。
「問題ございません。こちらはリンネ様の分だけですので」
相変わらず心の声に返事をするバレッタさんである。もう大分慣れてきた。
デザートを覆っていたシルバーのカバーがバレッタによって外されると、そこにあったのはまるで一種の調度品のように美しく盛られたチョコレートパフェのような代物だった。
「な、なによこれ?もはや芸術じゃない!?」
リンネは先ほどまで全く動けなかった時とは打って変わって、戦闘時のように素早く動き、カートに目線を合わせ、真横から縁に手を添えてパフェを覗く。
リンネも女の子だけあって甘味が大好きだ。今回も甘いものは別腹を地でいくつもりだろう。リンネはカートの上からテーブルの上に運ばれていくパフェを食い入るように見つめている。
「どうぞ、お召し上がりください」
「食べるのがもったいないわね!!」
と、少し恥ずかしそうにしながら椅子へ座り直し、パフェを一口、口に入れた。
「~~~~!?」
リンネは目が飛び出るんじゃないかってくらい目を大きく見開いて驚きを表現する。そしてそのすぐ後に、うっとりとした表情になり、顔が緩んでしまった。
なんとも分かりやすいリアクションだ。
「これ……めちゃくちゃ美味しいわ。毎日食べたいかも」
リンネはパフェがたいそう気に入ったのか、これからも食べたそうにしている。
「そうですか……。これからどんどんいろんなデザートをおつくりしようと思っていたのですが……」
しかし、バレッタが立ちながら憂いを帯びた表情で頬杖をつく仕草をしつつ、悩んでいるような言葉を口にすると、
「なんですって!?これ以上のデザートがあるというの?」
リンネはバレッタの言葉に食いついた。
「それは好みかと思いますが、デザートの種類はそれはもう沢山ございますよ」
「神……」
リンネを微笑ましそうに見ながら答えるバレッタに、リンネは小さく呟く。
なんだかバレッタを尊敬のまなざしで見ているぞ?
「何かおっしゃいましたか?」
リンネの言葉にキョトンとした表情で首を傾げるバレッタ。
「いえ、なんでもないわ。他の種類のデザートがあるならもっと食べてみたいわ。お願いしてもいいかしら」
一度首を振ってから目をキラキラさせてリンネは答えた。
「お任せください」
そのリンネの様子に、にっこりと口の端を吊り上げるバレッタ。その笑みには背筋も凍る怖さを感じた。
そうだ……。
俺たちは胃袋をガッツリと掴まれてしまったのだ。これ以上の料理を出すところはほぼないと言えるだろう。そしてこの料理がいつでも食べられるとなれば、わざわざ不味いところで食べようとは思わない。
もちろん初めていった土地の料理などは食べるかもしれないが、一度食べてしまえばバレッタが再現、そして昇華してしまう。
食生活のレベルを下げるのはキツい。
もう俺たちはバレッタさんからは逃れられないのだ……。
まな板の上の鯉も同然である。
というか、元々体の内側から掌握されている。
最初から俺たちに逃げ道などなかったのだ。さらにグルグルに雁字搦めにされただけである。
うん……知ってた!!
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