第064話 無限の迷宮

「剣神様、話は聞いております。お通り下さい。ただ、あの遺跡は本当に危険ですので、重々お気をつけください。」

「わかった」


 見張りの40代くらいのエルフから注意を受け、俺たちは世界樹の城から見える位置からちょうど裏側の根元に来ていた。


「おお、これがエルフの古代遺跡か」


 エルフの古代遺跡は、アンコールワットのような建造物に、世界樹の巨大な根が絡みついて、独特の風情を生み出していた。


「ふーん、なかなか面白そうじゃない」


 初めて見る古代遺跡にリンネが舌なめずりしている。


「それじゃあ、入ってみるか!!」

「ええ!!」

「にゃーん(楽しみだなぁ)」


 中には入ると、特に何かあると言う訳ではなく、地球の世界史の教科書などに乗っていそうな遺跡の中、と言った雰囲気である。


「今のところは何もなさそうね」


 リンネがつまらなそうに呟く。


「俺としては何もない方がいいんだがなぁ」

「何言ってんのよ、冒険なんだから。何かないと困るのよ」

「まぁなぁ」


 俺としては命の安全を確保した上で冒険したいんだよ。


「ん?」


 ズンズンと進むと中央に進む階段が口を開けていた。そして、『無限の迷宮』と古代の文字で書かれている、不思議と劣化の少ない石碑が隣に建っている。


 そこには、リンネを助けた古代遺跡の天井に書いてあったような魔法陣のような文字で『帰還を望む者は罠の順番に気をつけるか、時が来るまで待て。真の道を望む者はよく周りを観察せよ』と書いてあった。


 エルフの間では罠の迷宮と呼ばれている場所だが、実際は無限の迷宮というらしい。


「ここからが本番ってことか……」

「そうみたいね……」


 奥からは異様な雰囲気が漂っていて、リンネがゴクリと生唾を飲んだ。


「それじゃあ、行くわよ!!ついてきなさい!!」


 そしてその後、リンネが様子を窺うことなく、走って階段を降り始めた。


「おいおい、罠があるって言ってただろ!!」

「にゃ、にゃーん(あ、僕も~)」

「あ、こら、イナホ!!」


 そんなリンネにイナホも付いてった。


「まったくしょうがないな……」


 俺は呆れながらも走って追いかける。


「うわ、マジか!?」


 俺が二人に追いついた時、落とし穴が開く瞬間だった。


「ほら、いわんこっちゃない」


 俺が仕方なしに助けようとするが、しかし、


「ふっ」

「にゃ」


 二人は開き切る前に地面を蹴り、落とし穴の先へと着地。


「はっ」

「にゃにゃ」


 着地した瞬間に左右の壁から矢が弾幕のように射出され、それを目視した二人が、全て叩き落すか、躱すかしていた。


 そして、槍が止んだ後、振り返ってこう言った。


「罠?そんなの発動してから対処すればいいじゃない」

「にゃーん(アトラクション楽しいね~)」


 二人はとてもいい笑顔を浮かべていた。


 はい、とんでも理論いただきました。


「そんなことできるのはリンネくらいなもんだろ!!」

「イナホもできてるじゃない」

「イナホは人じゃないからノーカンだ!!」

「全く我がままねぇ?」


 俺が突っ込むと、ヤレヤレと首を振るリンネ。


 俺が我がままなんだろうか?

 いや違うはずだ。というかこれがリンネがボッチの原因の一つなんじゃないか?

 リンネのダンジョン攻略に誰もついていけなかったのかもしれない。


「僕にはちょっと早いみたいだ」

「ごめん、俺は足手纏いになってしまうから」

「私にはついていけそうにないわ」


 などと言われ続けて、いつしか一人になってしまったんじゃなかろうか。


 致し方あるまい。リンネに寂しい思いをさせるわけにもいかないし、俺も付き合おうじゃないか。罠の正面突破とかロマンあるしな!!


「まったくしょうがないな!!付き合ってやるよ!!」


 俺はインフィレーネを使って障壁を出して落とし穴を飛び越え、着地しながらそう言った。


「そうこなくっちゃ!!」

「にゃーん(もっと遊ぼうよ!!)」


 リンネがニヤリと笑い、イナホもワクワクしながら俺を急かす。


「それじゃあ、改めて行くわよ!!」

「おう!!」

「にゃー(しゅっぱーつ)」


 俺たちは駆け出した。


 まず、モンスター自体はたいしたことはなかった。ゴーレム系のモンスターで俺もリンネも問題なく切り捨てることができる程度の強さだった。


 ただし、罠は本当に多種多様だった。しかし、地雷は爆発する前に駆け抜け、ガス系の罠は剣圧で吹き飛ばし、虎ばさみは挟まる前に飛び上がり、転移トラップは発動前に抜け出し、落石は皆でぶった切り、あらゆる罠を躱し、そして正面から打ち破りながら進んだ。


 でも何時間進めども終わりが見える気がしない。


 そしてある時気づいた。


「これなんか同じところに戻ってきてないか?」

「同じところ?」


 気づいてないのかリンネが顎に指を当てて首を傾げる。


 あ、あざとい。しかし可愛い。


 俺は可愛らしさに屈した。


「そうだ。もう見たことがある罠しかなくなった気がする」

「んーどうでしょうね。もう少し歩いてみましょう。何かわかるかもしれないわ」


 補足説明に対し、リンネはまだ違和感を感じていないらしい。


「分かった」


 それから再び走り始めた。


「うーん、確かに戻ってきてるようね」

「だろ?」

「にゃー(飽きたよ~)」


 数時間程経つと、二人も理解できたらしく、イナホはパターン化してしまった罠に飽きて俺の肩に飛び乗ってしまった。


「ちょっと戻ってみるか?」

「そうね、そうしましょう」


 今度は逆に来た道を引き返してみる。


 しかし、行けども行けども出られる様子はなかった。


 今気づいた。


 この古代遺跡の最大の罠はこの無限ループなのだと。

 入った瞬間終わりなのだと。


 確かに無限の迷宮。その名の通りだった。


 でも、俺たちにとっては関係ない。


「お腹空いたわね」

「そうだな、ちょっと出れそうにないから、一回帰投機能を使うか」

「そうね、それがよさそう」

「にゃーん(ご飯たべたい~)」


 リンネとイナホはうんざりしてきたらしく、早く船に帰ってご飯を食べたい、という気持ちが前面に現れていた。


『帰還』


 俺は早速機能を使用した。

 




 はずだった……。





「ん?おかしいな」


 俺は頭をひねりながらもう一度キーワードを唱えてみる。


『帰還』


―シーン


 あたりを静けさが包み込んだ。


「どうしたの?……まさか!?」

「そのまさかだ。どうやら帰投機能が使えないらしい」

「そんなぁ!?」

「にゃー(えー!!帰れないのー?)」


 俺の様子から察したリンネに正直に告げると、二人ともうんざりしたような表情になった。調べてみると、倉庫も通信機能も使えなくなっている。


 しかし、リンネのマジックバッグは問題なく使用できたのが幸いだった。


 どうしようもないので俺たちはひとまず食事と休息をとることにした。

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