第050話 悲願
俺たちは今とある場所に向かっている。それはもちろん盗賊のアジトだ。俺たちを襲った盗賊たちは牢屋に放り込んでいる。牢屋への直接転送は、転送装置が使用可能になった時に利用できるようになったとバレッタから報告を受けていた。
牢屋内ではリラクゼーションミストを常に散布させているので目覚めることはないだろう。
「全く……とんだ邪魔が入ったわ」
「そうだな」
邪魔されて気分が害されたリンネはいまだに少し不機嫌だ。
一応倒した後少し食べたわけだが、せっかく楽しんでいる時に邪魔されると気分が萎えるものだ。正直食べた気がしない。
「これでも食べて少し機嫌を直してくれよ」
「なにかしら?……うっ」
俺は倉庫からキャラメルを取り出してリンネの口の中に放り込んだ。
「あま~い!!」
リンネはキャラメルの甘さにウットリとして、先ほどまでの不機嫌オーラを霧散させた。
「こ、これはなんていう食べ物なのかしら?」
「キャラメルっていうんだ」
「キャラメル……これもなかなか……」
すっかりキャラメルに夢中になってしまったリンネを微笑ましく見ていると、突然悲しそうな顔になった。
どうしたんだ?
「なくなっちゃったわ……」
キャラメルが溶けてなくなっただけでそんな悲しそうな顔をするな。もういい大人なんだからな。まったくしょうがないなぁ。
「ほら」
「あっ!!」
俺はリンネの手を取ってキャラメルを載せてやった。途端に嬉しそうな表情になる。全くこの笑顔を見るとなんでもしてあげたくなっちゃうぜ。
「いくらでも出してやるから悲しい顔するな」
「あ、ありがと!!」
可愛いので頭を撫でると、プイっとそっぽを向いた。
キャラメルに一喜一憂するリンネをニヨニヨと眺めながら歩いていると、ボコボコにした盗賊たちに聞いていたアジトへと到着。
見張りがいたので透明化したインフィレーネでさっくり気絶させた。今回は別に依頼を受けているわけでも、人殺しがしたいわけでもないので気を失った見張りを雁字搦めにして牢屋へ転送しておく。
出会う盗賊を片っ端からボコボコにしながら牢屋に送りつつしばらく進むと、分かれ道があった。左右に分かれている。
「ここは二手に分かれましょう」
「そうだな。俺が右でいいか?」
「ええ」
俺たちは短く話し合うと、二手に分かれて進み始めた。
「それにしても中々入り組んでいるな」
『天然の洞窟を利用したようですね』
一人になるとちょうどいいタイミングで間に入ってくるバレッタ。リンネと一緒にいる時は気を遣って出てこないのだろう。あ、いや一人の時も気を遣ってくれてるのかもしれない。
『いえ、主人のサポートをするのがメイドですので当然のことです』
流石細かいところまで行き届いているパーフェクトメイドだ。
「インフィレーネが先行しているが、こっちは人が多くなっていくな」
『そうですね。こっちが当たりで、ボスや倉庫、そして宝物庫があるかもしれません』
「そうかもな」
俺はバレッタに相槌を打ちながらインフィレーネで敵を容赦なく気絶させて奥へと進んでいく。いくつか分かれ道があったが、一人も逃さないのようにすべての道をインフィレーネで確認しながら進んだ。
リンネの方は牢屋とかかなぁ。誰もいないと良いけど。
「そろそろだな」
『そうですね、中に戦闘力ゴミに毛が生えた程度の反応が2つあります』
リンネの方を思い浮かべていると、インフィレーネが洞窟の中にある扉を確認する。その奥には確かに2つの反応があった。
―ドカーンッ
俺は先行していたインフィレーネに合流して思いきり蹴飛ばして扉を蹴破った。
「な、なんだぁ!?」
「な、なによ?何が起こったの?」
そこにいたのは髭面の大男と豊満な体つきの女性。しかも真っ裸だ。全くこんな時に盛っていたのか。って見張りとかも全部倒してきたから気づきようもないか。
「黙って眠れ!!」
俺は見ていたくもないので、問答無用でインフィレーネで眠らせて即転送。
「これでひと段落か」
『そうですね……おや?奥にまだ一つ気配があるようです』
「なに?」
俺の方の処理が終わって一息つこうとすると、バレッタから報告があった。報告に従って奥を探知すると確かに生物の気配がある。
「行ってみよう」
『はい』
俺たちは奥に進んでいくと、そこにあったのはこの部屋に入る時に蹴破った扉よりも頑丈そうなものだった。
「宝物庫か?」
『探知による形状把握によるとそのようなものだと推察されます』
「入ってみればわかるか」
俺は扉をインフィレーネで切り裂いた。中から覗くのは骨董品や美術品、それに装備品などなどである。
「こんなところに生き物がいるってのか……」
『あまりいい環境とは言えませんね』
俺は辺りをきょろきょろと見渡しながら進んでいくと、一番奥にその反応の元を見つけた。
それは籠に入れられた猫のような狐のような生き物だった。傷だらけでひどく衰弱しているように見える。
「フシャー」
威嚇するように俺達に唸る狐猫。
そうだこんな時こそ、ケモノホイホイの出番だ!!
俺はスキル書を使ってスキルを取得し、再び声を掛ける。
「大丈夫だ。俺は敵じゃない。外にいる奴らは全部倒したぞ」
「にゃ?(僕と同じ言葉?)」
「ん?俺の言葉分かるみたいだな。俺はケンゴだ。捕まってるんだろ?逃がしてやるよ」
俺は籠のカギを開けてやると、トコトコと中から出てきた。
なんだこのめちゃくちゃ可愛いモフモフは!!
アメリカンショートヘアーのような顔と体躯に狐のような山吹色を薄くした色のモッフモフのしっぽが付いた生き物。可愛すぎる!!
「まずはこれを飲め。安心しろ、毒とかじゃない」
俺は興奮を抑え、治療薬を出してやる。
「にゃー(美味しい。甘い味がするね)」
俺を疑うようなそぶりも見せず、ぺろぺろと皿に出された薬を舐める。
治療薬を飲みだすと、見る見るうちに体が回復していく。
「にゃー(治った!!)」
はしゃぐように駆け回る姿も可愛い!!
心がキュンキュンするんじゃー!!
はぁはぁ……できるなら連れて帰りたい!!
「おお、よかった。それで?もう大丈夫か?問題ないなら行ってもいいぞ?」
しかし、俺は我慢して送り出すことにした。それもう断腸の思いで。
狐猫にも帰る場所あるだろう。
「にゃーん(僕も連れてってほしいな)」
「い、いいのか!?」
おいおい、猫が俺と一緒に行きたいだって?
そんな夢みたいなことがあるかよ?
「にゃー(僕の言葉が分かるし、なんか安心する。それに気づいたら知らない場所に居て僕は弱ってて捕まってここにいたんだ。ここがどこかも分からないから僕も連れてってよ)」
「ま、マジか!?」
狐猫は俺の足に纏わりついて頭を擦り寄せてくる。
うぉー!!俺はこの摺り寄せをされることをどれだけ夢に見たことか!!その悲願がここで叶うとは!!
感無量だ……。
「そ、そうかこれから頼むな?」
「にゃー(うん、これから主って呼ぶね)」
俺がしゃがんで撫でると目を細めて答える狐猫。
ね・こ・を・撫・で・ら・れ・た・ぞぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
俺は心の中で拳を突き上げながら叫んだ。
「そういや名前はあるのか?」
興奮冷めやらぬまま、表に出さないようにしつつ名前を聞く。
「なーん(覚えてないからつけてー)」
「そうだなぁ。イナホっていうのはどうだ?」
「にゃー(可愛いからいいよー)」
うーんと唸りながらひねり出して名前を付けた後、俺の指をぺろぺろと舐めてくれるイナホに感動して涙を流してしまった。ちなみに名前の由来は体毛が稲が一面に実ったみたいな色合いだからだ。
「なにやってるのよケンゴ。こっちは牢屋だったけど、幸い誰もいなかったわよ」
そこにリンネがやってきた。
「にゃーん(あ、可愛いお姉ちゃんだー)」
イナホは俺なんかいなかったかのようにリンネの方にすっ飛んで行ってその胸に飛び込んでいく。
「あぁーーーーー!!」
ケモノホイホイを持つ俺よりリンネの方が好かれるだと!?
俺の感動を返せ!!
「なによ、この可愛い生き物は。ヌッコとキチュネを合わせたみたいね」
「イナホっていうんだ」
「何不貞腐れてんのよ?」
リンネの質問に答えると言葉にとげがあったらしく、彼女がこちらを窺う。
彼女の胸で頭を擦り寄せるイナホ。
べ、別に悔しくなんてないんだからね!!
いや、普通に悔しい!!
俺は心の中で女々しくハンカチを噛んだ。
でも大人げないな……。
「そんなことないぞ」
俺は一度ため息を吐いて心を落ち着かせた後、首を横に振った。
「そう?ならいいけど」
気のせいだと思ったのか、怪訝な表情だったリンネの顔も元に戻る。
「さて、良さそうなものを回収してここを出るか」
「そうね」
俺達は気を取り直して質の良いものを倉庫に放り込み、ついでに洞窟を再利用できないように入り口を破壊してから、盗賊のアジトを後にした。
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