第051話 信じられないことを聞いた時

―キュルルルルル


 どこからか可愛らしい音色が聞こえた。


「にゃーん(僕お腹減っちゃったよ)」


 俺の肩に乗っているイナホが呟く。どうやらイナホのお腹の音だったらしい。可愛い。


「イナホ食べられないモノとかあるか?」

「なー(別にないよ。なんでも食べられる。人と同じで大丈夫なはず、多分)」


 俺たちは馬車を停めていた場所に戻ると、お腹が減っているイナホにも何かを食べさせようと思い、確認してみる。


 普通の猫なら食べられないものがあるからな。その辺りはきちんと確認しておかないと。でも人と同じもので問題ないみたいだ。


「それじゃあ軽く運動もしたし、仕切り直しするか」

「いいわね!!」


 バーベキューの仕切り直しを提案すると、リンネも乗り気である。


「にゃー(何があるの?)」

「それはやってみてのお楽しみだ」


 俺は肩のイナホに向かって意味ありげにニヤリと笑った。俺はバーベキューセットを再び取り出してセットし直し、リンネと共に食材を焼き始める。


「にゃーん(凄い!!いろんな食べ物が沢山!!それにいい匂い!!)」

「だろ?」

「にゃにゃ?(これはなんていう料理なの?)」

「バーベキューだ。外でこうやっていろんな食材を焼いて食べるんだよ」

「にゃ(早く食べたい!!)」

「待て待て。もうすぐ焼けるからな」


 よだれを垂らすイナホを落ち着かせて俺とリンネは各々食材を焼いていく。俺は魚介多め、リンネは野菜多めな感じだ。


「にゃー(その丸い殻に覆われた中にあるものを食べたい!!)」


 イナホは前足で器用に醤油もどきをたらしたホタテを指す。なかなか分かってるじゃないか。


 俺はイナホを地面に下すと、焼きあがったホタテを皿に載せて前においてやった。


「にゃー?(もう食べていい?)」

「もうちょっと待ってろ」


 早く食べたくてしょうがないイナホを止めて、俺はまたビールをリンネに渡して、缶を開けた。


「それじゃあ……」

「「いただきます!!カンパーイ!!」」

「食べていいぞ!!」


 食前の挨拶をして乾杯した後、イナホに許可を出すと、


「にゃー!!(やった!!)」


 イナホは勢いよくホタテにかぶりつき、むしゃむしゃと咀嚼しだす。しばらくすると、突然顔をあげ、そのつぶらな瞳を見開いてこう言った。


「にゃおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん(う・ま・い・ぞぉおおおおおおおおおおおおお!!)」


 どこかの味の王みたいなやつである。


「ははっ」

「ふふっ」


 そんなイナホの様子を見て、俺とリンネはお互いの顔を見合わせてクスリと笑いあった。


 二人で微笑ましそうにイナホを見ながら好きな物を焼いては食べて酒を飲み、追加でイナホが食べたそうな魚介を焼いてはさらに置いてやる。


「にゃにゃ(うまうま)」


 出されるものを次々と胃袋へと納めていくイナホ。


 すでに体の大きさより食べてる気がするが、どこに入ってるんだろうか?まぁしばらく碌な物も与えられていなかったのだろうから思う存分食べてもらおうじゃないか。


 俺たちはその後も大いに飲んで騒いだ。今度はインフィレーネでこの辺りを囲っているから邪魔も入らない。思う存分にバーベキューを満喫した。


「なーん(もう入らないよ~)」


 イナホが猫っぽい見た目に反して仰向けになってポッコリとしたお腹を晒している。


「流石に食いすぎだろ」

「凄いお腹ね」


 俺は呆れ気味に、リンネは目を丸くして呟いた。


「にゃーん(だって美味しかったんだもん)」

「それならよかったけどな。とにかく今日はもう遅いから寝るぞ」


 俺は倉庫からテントを取り出して設置した。中は多少広くなっていて、床で寝ても背中が痛くならないように柔らかくなっているだけの機能のテントだ。


 だってキャンプってこういう狭いテントで寝るのも醍醐味だろ?

 無駄に高機能なテントの中で寝たんじゃ風情もへったくれもないからな。

 できればこういうキャンプ気分を最後まで味わいたい。


 テントの中に布団を敷いて、こんな日が続けばいいなと思いながら、二人と一匹で川の字になって俺たちはその日の幕を下ろした。


 次の日。


「ケンゴ、言おうかどうか迷ってたんだけど、今のうちに言っておくわ」

「な、なにをだよ……」


 リンネがやけに真剣な表情をして俺と向かい合う。


「あのね、イナホと喋ってるあなた、かなり気持ち悪いわよ?」


 リンネは意を決したように言葉にした。


「なん……だと!?」


 俺はリンネの言葉に衝撃を受けて四つん這いに崩れ落ちた。


 え、何?顔が気持ち悪いとか?いやそれは生まれつきだからどうしようもないっていうか。仕方ないと思うんだけどな?それとも、にやけ面が気持ち悪いとか?


「盛大に勘違いしていると思うから正しておくけど、別に顔が気持ち悪いわけじゃないないわよ?むしろ……」

「むしろ?」

「な、なんでもないわ!!と、とにかく気持ち悪いのは顔じゃないのよ。声よ」


 最後の方が聞こえなかったので顔を上げて聞き返すと、なぜか慌てたように言い繕うリンネ。


 気持ち悪いのは声だそうだ。


「声?」


 はて?俺は普通にしゃべっていただけのはずだが……。

  

「ええ。あなたは気づいていないのかもしれないけど、ずっとイナホと同じようににゃーにゃー言ってたわよ?しかも妙に高い声で」

「な?」


 リンネの言葉に無意識に呆然とした声が漏れる。


「な?」


 俺の様子にリンネが同じように発言して首を傾げる。


「なんだってぇえええええええええええええええ!?」


 そして気づけば俺は、キラリさんやグランドマスターのように盛大に叫んでいた。


 人は信じられないことを聞いた時、同じような反応をしてしまうのかもしれない。どうやら俺の言語理解は何も意識しないと会話の相手と同じ言葉を話しているように他人には聞こえるようだ。

 

 きちんと訓練しよう。


 俺はそう心に誓った。

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