第24話 父親の話のち美少女の大荒れ

「鷹村君だったね。うちの娘が迷惑をかけているようですまない」


「あ、いえ……最初は驚きましたが、家事だとかしてもらって助かっているのも事実です」

 

 俺はトレーから麦茶を入れたグラスを一つ、神奈の父親の前に差し出した。

 突然の邂逅で戸惑ったが、あのまま立ち話をするのもそれはそれで居心地が悪いので、うちに来てもらった。


 創太といなりを付き合わせるわけにもいかず、二人には今、とりあえず晩飯の買い出しに行ってもらうという建前で、席を外してもらっている。


「ふむ、なるほど。まあ、一人暮らしはなにかと面倒だからね」


「そ、そうっすね……はは……」


 この人一見和やかに話しかけてきている体で、目の奥で語ってやがる……。


 ――娘に手を出してはいないだろうな。


 切れ長の瞳と整った顔から発される威圧感に、俺は冷や汗を流しながらも、誓って手を出していないという意思を込めて、軽く首を振った。


 だというのに全然プレッシャーを緩めてくれない。

 そりゃ自分の娘が家出してどこぞの馬の骨とも知れない男の家に転がり込んでいるのだから、仕方ないか。


「それで、お父さんはいつこっちに……?」


 外で会ってから一言も喋らなかった神奈が、ようやく、おずおずと口を開いた。

 前に聞いた話じゃ海外にいるって話だったよな。


「つい数時間ほど前だ。琥珀が学校で倒れたという連絡を受けてな。本当はすぐに戻ってくるつもりだったんだが、おいそれと投げ出せるような案件ではなくてな、これでも急いで終わらせてきたんだ」


「……家出のことも、それで聞いたんですね。全部寿からですか?」


「ああ。家を空ける際、琥珀になにかあったら必ず連絡するようにと言っておいたんだ」


「内緒だって言ったのに……」


「寿の直接の雇い主は琥珀ではなく僕だからな。いざという時は僕の指示を聞くのが当たり前だ」


 寿さん、あのメイドさんか。

 雇い主から直接指示を出されてる辺り、神奈家のお手伝いの実質的なリーダーはあの人と見ていいだろう。

 見た目的には若く見えたが、一体いくつなんだろうか。


 まあそんなことはどうでもいい。


「前置きはここまでにしておこう。――琥珀、一体いつまでこんなことを続けるつもりだ」


「……っ!」


 神奈の父親が、そう口にした瞬間、ピリッとした空気が場を支配した。

 さっき俺にだけ放っていたプレッシャーが、今度は娘である神奈にも向けられる。

 

「それは……」


「敢えて言い方を変えてもう一度言おう。いつまで自分のワガママで人様に迷惑をかけ続けるつもりだ。自分がどれだけ非常識なことをしているのかは理解しているんだろうな」


 ダメだ。この場で神奈がどう言おうと、この場で正しいことを言っているのは、間違いなくこの人だ。

 それは神奈も分かっているはずだ。分かっているからこそ、なにも言えないんだ。


「今まで娘のことを散々放置してきたくせに……どうしてこういう時だけ父親面をするんですか……ふざけないでください」


 俯いていた神奈が顔を上げて、剣呑な表情をして、父親を睨んだ。

 冷たい氷の地を這うような声音からは、神奈の静かな怒りが伝わってくる。


「ふざけているのはどっちだ、と言いたいところだが……琥珀の言うことも一理ある」


 対して、親父さんは娘の静かな怒りにまるで動じず、顎に指を添えながら、ふむと頷くだけだった。

 

「……これ以上この場で話しても平行線にしかならないな。また日を改めるとしよう。鷹村君の部屋にあまり長居をするのも迷惑になる」


「迷惑じゃない、と言いたいんですけど。正直この雰囲気の中にずっといるのは辛いので助かります」


「ふっ、正直な男だ。では、僕はこれでお暇させてもらう。琥珀、頭を冷やして、今後のことをよく考えなさい」


 スッと立ち上がり、リビングを出て行こうとする琥珀の親父さん。

 俺は一応見送るために、立ち上がった。


「ああ、見送りはいい。すまないな、色々と」


「いえ」


「最後に一つだけ言っておこう。琥珀――お前が作家を目指すのは無謀だ。もし、万が一なれたとしても、僕は絶対に認めない」


「……っ!?」


 親父さんの何気なく放った言葉は、神奈に向かって鋭く飛んでいき、突き刺さった。

 神奈がビクリと肩を跳ねさせて、下唇を噛み締める。


「自分でも、理解しているんじゃないのか。その点も含めて、ちゃんと考えなさい」


 親父さんは、最後にちらりと神奈を一瞥だけして、リビングから姿を消した。

 がちゃんと玄関が閉まる音がして、ようやく息を吐き出す。

 

 親父さんが出ていったあとに残ったのは、重く苦しい沈黙だけだった。


「おい、神奈――」


「うぐぁーっ!」


「どわっ、なんだ急に!?」


 なにか言おうと名前を呼んだ瞬間叫ばれて、面食らってしまった。


「なんなんですかぁー! あの人は! 好き放題言ってくれちゃってもぉ! あー腹立つ!」


「お、おう。とりあえず落ち着け、なっ?」


「はぁ……はぁ……! すみません、取り乱しました」


「まあお前の気持ちも分からないでもないが、あの人の言ってることは概ね正しいぞ」


 今までの状況がイレギュラーすぎただけだ。

 たまたまクラスメイトの俺が作家で、家に押しかけて一緒に住むなんて確かに常識的ではない、言っていることにも納得がいく。


 ……が、最後の発言だけはいただけない。

 

 作家になれないだのなんてセリフを本人ではなく、他人が言うべきではない。ましてや親から娘に言うべきことでは、ない。

 

「あの人仕事以外てんでダメなくせしていつも偉そうなんですよ! お母さんと私がどれだけ苦労して……」


「だから落ち着け。俺にそれを言ってもどうにかなるわけじゃないだろ」


「……そうですね。言い方は腹立ちましたけど、お父さんが帰ってきた以上、私もこれまで通りとはいかないでしょうし、ムカつきますけど、ちゃんと言われたことについて考えないと」


 言い方変えて二回も言うほど腹に据えかねたのか……。


「ひとまず、創太たちを呼び戻すか」


「はい。このストレスは料理で発散します!」


 その後、帰ってきた創太といなりにさっきあったことを話し終えた神奈は、まだまだストレス発散が足りないとばかりに、やたらとキャベツの千切りをしてしまい、晩飯で消費するのが大変なことになってしまった。


 神奈がどういう答えを出すのかはまだ分からないが、この件に関して、俺が口を挟めることはなさそうだ。


 俺はキャベツで満腹になった腹をさすりながら、更にストレス発散と言わんばかりにゲームのコントローラーを握り締める神奈に視線を向けた。


 

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