第22話 女子力よりも戦闘力が高め

「ふう……やっぱ本って冊数が増えると重いな」


 神奈に俺のことを話してから一日が経過した。

 俺は昨日の約束通り、学校帰りに早速水鳥書店へと寄って、そこそこの数の書籍を購入した。

 

 鞄のひもが肩に食い込んできて痛い。


「ただいまー」


 神奈は昨日よりは体調もよくなったし、熱も下がったが、まだ復調はしていないので今日は休ませた。

 

 ……紬の奴、来てるのか。


 一応仕事に暇が出来たら様子を見てやってくれと連絡を入れていたんだが、あいつのことだ。無理矢理時間を作って出てきたんだろう。

 ありがたい。神奈の奴、ちょっとぐらいなら、とか考えて暇潰しに執筆とかしてそうだからな。


 というかなんか甘ったるい匂いがするが、なんの匂いだこれ。


「あ、お帰り。琥珀ちゃん調子良さそうよ」


 リビングに入ると、キッチンの方から紬が姿を現した。

 エプロン姿で。


「今すぐキッチンから出て行けこのテロリストがぁ!」


 匂いの発生源はこいつか!


「テ、テロ!? 急になんなのよ! あたしはただ琥珀ちゃんがお腹空いたって言うから……!」


「黙れ! まさかお前自分の料理の腕を忘れたわけじゃあるまいな!? お前の料理なんか食ったら余計に体調悪化するだろうが!」


「大丈夫よ! うどんの麺を茹でるだけなんだから!」


 まあ、確かに茹でるだけなら……こいつでも大丈夫か?

 恐る恐るキッチンに近づくと甘い匂いがより強く鼻をくすぐった。


「ってなんでお前エナジードリンク鍋で沸かしてんだよ!? まさかこれで茹でる気だったのか!? 冗談だと言ってくれ!」


「だって疲労に効くし……」


「冗談だって言ってくれよ!」


 もし仮に自分がこんなもの出される立場になってみろ。

 夫婦だったら離婚調停、家族だったら絶縁ものだぞ。

 食べ物で遊ぶなって親から教えてもらわなかったのか。


「もう俺が作るから……いや、作らせてくださいお願いします……!」


 土下座もいとわないレベルで頭を下げて、心の底から懇願した。

 危ねえ……あと少し俺が帰って来るのが遅かったら完全に手遅れになるところだったぞ。


「わ、分かったわよ。このエナドリスープはどうしたらいい?」


「捨ててしまえと言いたいところだが、捨てるのはもったいないしな……とりあえず小分けにして冷蔵庫に入れておけ」


 茹でただけだし、冷やせばただのエナジードリンクに戻ると信じたい。

 エナジードリンクを温めた前例がなさ過ぎて対処の仕方も分からないし。


「お前休日とか飯どうしてるんだよ……」


「牛丼、ファストフード、ラーメンだけど」


 返答が男前過ぎるだろ。

 女としてその解答しか出来ない自分を少しでも恥じろ。


「そこにコンビニ弁当も追加で」


「食いもんから女子力を欠片も感じられねえ……いいのかそれで」


「んー。なんかオシャレなお店って食べたって気がしなくて力が出ないのよねー」


 なんだこいつ戦闘民族かよ。

 結婚願望強い割に女子力捨てて戦闘力取りにいってやがる。

 完全に女子力たったの五のゴミだ。


「まあ、料理をしようとしてたことは論外だが、来てくれて助かった。もう仕事に戻っても大丈夫だぞ」


「そんなこと言わずにもう少しだけここでのんびりさせてちょうだい」


 心底うんざりした顔してるな。

 このあと会社でなにかあるんだろうか。


「なにかあるのか?」


 気になって、結局口に出して聞いてみた。


「今日はもう夜遅くまでの残業があることが確定してるのよ……今だけでも仕事のこと忘れていたいの……」


「お前のそういう姿見たら留年何回してでも学校にしがみつき続けて社会に出たくないって思えて仕方がないんだが」


 ほの暗い笑みで夜遅くまでの残業とやらについて語る紬に対して、今度は俺が心底うんざりした顔を向ける。

 そうこうしている内に鍋で茹でていたうどんがいい感じになった。


「もう出来るから神奈を部屋から呼んできてくれ」


「アンタ色々な部分で手際いいわよね……そんなアンタに一つ教えておいてあげるわ。要領が良くて仕事が出来るタイプはとにかく仕事を回されるのよ。将来が楽しみね」


「いいから早よ行け」


 なるほど。だから紬も仕事を回されるんだな。上から評価されて若い内に出世出来るな。

 そしてまた仕事が増える、と……ナニソレつらすぎない?


 弟に知りたくもなかった情報を残していった紬はふらふらと神奈の部屋に消えていく。

 

「いつまでも制服を着てるのもアレだな。とりあえずうどんを皿に移しておいて、俺も着替えに行くか」


 どんぶりにうどんを汁ごと入れて、上からネギを散らして、かまぼこを数枚置いてから、部屋に向かう。

 ラフな部屋着に着替えると、机の上のスマホが鳴った。


【締め切りも倒したし、今日も勉強しに行く】


 いなりからのLAINEか。

 毎度のことながらここまでギリギリでよく身が持つもんだ。


【了解。話しておいた通り、神奈は病み上がりだからあまり騒がせないようにしてくれ】


【師匠ってよりお父さんって感じだね】


【うるさい。あいつが休んだら授業のノート二人分取らないといけなくなるんだぞ】


【はいはい。ツンデレ乙】


 いや普通に小説のこと考える時間が減るから嫌なだけなんだが……。

 授業は面倒だが、考え事をする時間には適していると思う。

 いいネタが思いついた瞬間、教師に指名されてそのネタを忘れるなんてこともザラにある。英語の中嶋は絶対に許さん。


「あ、師匠。うどんありがとうございます」


 リビングに戻ると、神奈がうどんを食べていた。

 咀嚼をし終えてからお礼を言ってくる。


「あのまま紬に任せていたらもっと体調崩しかねなかったからな。気にするな」


 最悪まずさのあまりショック死する可能性すらあった。


「なんか見てたらあたしもお腹空いてきたなー。旭ー、あたしにもなんか作って」


「ほらよ」


 俺は冷蔵庫からまだ生温いエナドリスープの器を一つ取り出して、紬の前に置いた。


「ちょっと!?」


「お前が作ったもんなんだからお前が責任持って処理するのが筋だ。今から残業なんだから力付けるにはちょうどいいだろ」


 紬はなおもなにかを言いたげにしていたが、俺は鼻を鳴らして無視。

 作ったことに責任はあるらしく、一口すすって顔をしかめていた。

 ……味が気になるところだが、聞かない方がよさそうだ。


「あとでいなりが勉強しに家に来るって言ってたぞ」


「あ、私のところにも連絡来ました。いなりちゃん締め切り乗り越えられたんですね」


「そうみたいだな」


「でも、原稿提出したらそれを担当編集の人が読んで、直しが戻ってくるんですよね? ただでさえギリギリなのに、間に合うんでしょうか?」


「その点なら心配いらないぞ。あいつに限っては」


「え?」


「あいつは執筆は遅いが、その分誤字脱字だとか文法の間違いとかほとんどしないんだよ。直しが戻ってきたこともほぼないらしい。いなりは初稿が決定稿みたいなもんだ」


 腹立たしいことに、な。

 だから毎度ギリギリでもなんとかやっていけてるんだ。時間をかけてる分だけ面白いものを仕上げてくるしな。


 まあ時間をかけようが、かけまいが、面白いものは面白いし、面白くないものは面白くないのだが。


「いなりちゃんって凄いんですね……」


 神奈も小説を書いてるだけあってか、いなりの凄さは十二分に伝わったようだ。


「話は戻りますけど、神先生は今日は来ないんですかね?」


「いや、あいつは連絡とかしてこないが、大体来る」


 いつも来る前は連絡しろ、とは言っているんだがな。

 俺の周りにはちゃんと言うことを聞いてくれる奴が少なすぎる。

 師匠と呼ぶなと言っても聞かない奴とか、料理を一人でするなと言っても聞かない奴とか、連絡を入れろと言っても聞かない奴とか。


「それなら、いなりちゃんの脱稿のお祝いで今日の晩ご飯は少し豪勢なものにしましょうか」


「まだ働かない方がいいんじゃないのか」


「いえ。今日一日中ゆっくり休んでいたので、もう大丈夫ですよ。明日からまた休日ですし、リハビリです」


 無理そうだったら俺たちが止めればいい話か……それはそれとして、


「お前、俺がいない間に執筆だの勉強だのしていないだろうな?」


「……………………………………」


 おい。

 分かりやすく黙って視線を逸らした神奈に、俺はジトりとした目を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る